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星ゆたか

星ゆたか

3 years ago

4.0


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마제스틱

영화 ・ 2001

평균 3.4

2022.10.22 あの「ショーシャンクの空に」(94)のフランク・ダラボン監督(59年生まれ)が、今年60歳で引退を表明した俳優ジム・キャリーとタッグを組んだ2001年の作品。共演のローリー・ホールデンがこの時代の女性役のせいか、あの後にモナコ王妃になった女優グレース・ケリーにどこか似てると思ったのは私だけか。 1950年代にアメリカの共産主義者の摘発を目的とした、いわゆる“赤狩り”にマークされた映画脚本家を主人公にした作品だ。 日本では2002年に公開された。 「ハリー・ポッター」シリーズが正月興行で大ヒットし始め、前年の邦画アニメ超大ヒットの「千と千尋の神隠し」が、この年アカデミー賞を始め海外の映画賞を独占し、日本アニメの質の高さを世界に知らしめた年である。 物語は1951年B級映画なれど「サハラの盗賊」がヒットし、次回作が期待されていた主人公の脚本家、ピーター・アプルトンが非米活動委員会の聴聞会に召還される通知がくる所から始まる。 彼は元々ノンポリ、政治運動に関心のない映画好きな脚本家で。 今回の召還の理由も、45年の10月大学時代に、〔戦災地救済部〕という共産主義のグループの出席者名簿に名前が載っていたのが、主なる所だった。 つまり共産党からの離党を宣言し、仲間の名前を提供する(あらかじめリストに上げられた名前)デモンストレーションの役割を与えられたのだ。見せしめのゲーム。“親”は政府で逆らえば投獄、潰される。 仕事も仲間も謹慎中で、すっかり落ち込んで酒に酔って車を運転。 橋の上から転落、河口から海に流され意識を失い、しかも自分が誰かも分からない、記憶喪失の状態で海辺の街ローソンに漂着した所を、犬と散歩中の街の老人に助けられた。 ところがたまたま10年近く前に戦死したとされている街の英雄ルークという青年にソックリだったので。 その父親のハリスにも大喜びで迎えられ、事態は本人も何が何だか分からないまま、街の希望の存在にまつり上げられてゆく。 診察した医師スタントンの娘アデルと恋仲であったらしく、思いでの場所に出向き、何とか記憶を取り戻そうとする。ただ脚本家だったせいか、状況の話具合で、“勘”を働かせることが出来る。幾分つじつまを合わせられるのだ。 また町民も医師父娘も父のハリスも、記憶のない間の彼の人生を思い余るが、それより今後の彼と皆の幸福をとりあえず優先することで納得した。 そんな中恋人アデルと思いでの、海岸丘陵の灯台ハウスでの愉快なラブシーンは、最高の気分にしてくれる。 夕焼けの美しい光景、灯台の灯りは人びとの人生航海の道しるべ。 いいムードの二人、ところが緊張の時に、アデルはしゃっくりが出て止まらなくなる。それを止める唯一の方法が “キス”だったとする辺りのユーモラスな幸せ感は、数ある恋愛映画の中でもこれは出色! 物語は中盤で戦争で多くの若者を亡くし、落ち込んでいる街の人達の希望の灯りになるべく、ハリーのやっていた映画館の再建。〔THE MAJESTIC〕(威風堂々)と名ずけられた映画館。 息子ルークも大好きだった映画の魔法(どんな悩みがあってもドアを開けて夢の世界に入れば、どこかにぶっ飛ぶ)を、もう一度取り戻すため、町民一緒になっての改修工事となった。 また記憶を失ったはずのルークことピーターも、不思議と映画の詳細な記憶だけはある。 そして数週間後、映画館は再建し御披露目公開を迎えた。作品は51年を代表するオスカー作品。「巴里のアメリカ人」それから「欲望という名の電車」……。と続き数日後。 そしてついに自作の「サハラの盗賊」の上映となった。 隅で見ているうちに衝撃が走った。 (覚えている。このセリフ、この場面。自分が作ったものだ。) すっかり記憶が戻った。ハリーに伝えなくっちゃ。 その時映写室でフィルムの交換をしていたハリーは末期の心臓病で倒れ込んでいた。医師の診察も予断を許さない。 そして数日後息を引き取る彼に、ピーターは、あえて記憶が戻っていても 『父さん ありがとう』の言葉を涙ながらに語り…見送った。実にイイ場面。 そして事態は海岸で、ピーターの乗っていた車が発見され…急展開。 ルークの正体が、FBIの捜査の何台もの警察車両の街の到来で明らかに。 町民の失望の眼差しの中、彼は聴聞会に出席するため街を去って行く。別れ際に“ルーク”の恋人だったアデルから渡された物は。 アメリカの憲法小冊子に挟まれた、ルークからアデルに戦場から宛てられた最後の手紙だった。 そして映画はハイライト。 ピーターは儀式として用意された声明文でなく、ルークら多くの国のために戦死した若者の代弁者としての、感動的なスピーチを繰り広げた。ルークにかつて与えられた国からの勲章を掲げながら。 その昔フランク・キャプラ監督の 「スミス都へ行く」(39)でジェイムズ・スチュワートが演説したように。 またそう想うと対する権威の象徴、裁判長を演じた俳優もどこか、キャプラ映画に出てきそうな顔ぶりで、やっぱりオマージュは万全ですね。 『誰もが自由に意見を発せる。 言論及び出版の自由、平和的に集会する権利。国民の請願権の制限。…等々。 アメリカの基本理念です。』と。 全編を流される音楽はこの時代の映画としてとてもいいです。 ルークはクラシックピアノの名手だったと言われ、弾かせて見れば全然駄目。 しかしリズムを取りながら、ジャズスウィングピアノならお手のもの。 彼の帰還祝勝パーティーでの演奏に、 町民も大喜びでダンスとなる場面が、 気持ちイイ! そしてナットキングコール、ジム・コックス、ザ・スーパー・ワット・ビッグ・バンドらの、それぞれの奏でられたメロディは永遠不滅です。