文字の読み書きが出来ないことを恥じる余りに起きた悲劇。文盲は「ハンナにとっては」ナチス親衛隊で働く事よりも大きな恥だった。刑に服する間に読み書きを覚え、読書を通じ知識を得たハンナは、罪の大きさを感じてしまったのか自ら命を絶つ。子供も無知故に残酷である事は多々あるが、無知なまま30、40と歳を重ねてしまった彼女に、無知故の悲劇を見た。最後に被害者であったユダヤ人の成功した大豪邸の有様と彼女の貧相な独房の対比が、知識と富を持つユダヤ人と無知で貧困のナチスSSの対比に見え、皮肉を感じた。世の中の本当の敵は貧困による無知では無いだろうか。 社会問題と別に、主役の男性マイケルの閉ざされた心情も描いている。初めての異性との関係は、その人の人生の全ての方向性を決めると思う。それぐらい大切な事だと思う。それがマイケルにとって秘めた関係の上に突然捨てられたように見えた記憶が残るものとなった。その記憶が、自分が子供を持っても自分をさらけ出すことができないままにさせてしまったと思う。 それからハンナ。女性にはわかると思うが、記憶は幾つになっても出会った時の年齢のままでは無いだろうか。母にとって子供は永遠に子供の時の姿に見えるし、小学生の同級生は幾つになっても小学生の姿のままに見える。男の人は、小学校の同級生に会うと「老けたババアになったな」って外見の変化に目を取られるのだろうけど、女性は心の中の記憶の景色を見続けていると思う。きっとハンナにとっても、大人になったマイケルは出会った頃の15歳の坊やに見えていた筈。あの毎日の様に下校後真っ直ぐに自分の元に来て愛を貪りあっていた可愛い坊やが、20数年後に会って手をスッと引いた時、目の前のマイケルはハンナの記憶のマイケルとは別人だと悟って急に孤独を感じたに違いない。それまでは独房の中に居てもマイケルの朗読テープを聴きながら1人じゃないと言う気持ちに支えられて生きて来れたけれど、あの手をスッと引いた瞬間に現実と絶望がハンナを襲ったのでは無いだろうか。ハンナの気持ちはもう誰にも分からないけれど、そんな気がする。大きな絶望は案外小さなきっかけで感じるものだ。 原作も25年ぐらい前に読んだが、もう一度読み直したい。きっと若い頃に見えなかった何かが見える筈だ。