
てっぺい

조커: 폴리 아 되
평균 3.2
2024년 10월 13일에 봄
【ジョークにならない映画】 悪のカリスマとなった男のその後。ホアキン・フェニックスが初の続編に出演した理由の一つ、まさかのミュージカル演出は、物語に効果的に影響。ラストの衝撃も含めて、完成度がジョークにならない。 ◆トリビア 〇前作で話題となったニューヨーク・ブロンクスの大階段。撮影前に別の階段を作り練習したというレディー・ガガは「あれが撮影最終日で、この映画を締めくくるのに完璧な日でした。」と振り返る。監督は「観光客の人々が殺到していたので、前作よりもずっと困難なものになった」と、階段が聖地化したことを明かした。(https://eiga.com/news/20241006/6/?cid=news_20241010_11_3) 〇ホアキン・フェニックスが続編映画に出演するのは初めて。音楽監修やサウンド・エンジニアなど、新しいことにチャレンジする優れた人材が集結したことが一番大きかったと話す。「誰が『ジョーカー』を題材に、ミュージカル映画を作ろうとするだろうか?だからこそ、僕はすごく興奮したんだ。」(https://eiga.com/movie/98960/interview/) ○ ホアキンは今作の準備期間の半分は減量に当てていたといい、空腹で撮影中に感情が出てしまうこともあったと話す。「それが正直芝居の一部になったんじゃないかなと思います。ただ脚本やキャラクター、監督の指示、共演者も、自分のキャラクターの感情を導く光になってくれました」と周囲の支えの重要さも明かす。(https://www.crank-in.net/news/154385/1) ○ 本作は歌唱シーンやダンスシーンが多く含まれているが、ホアキン自身はプライベートでの機会はないという。「僕はカラオケで歌うタイプではまったくないんだ。」(https://natalie.mu/eiga/news/589891) 〇ホアキンは本作について次のように語る。「僕自身は、アーサーとジョーカーの欲望は違うものだと思っている。アーサーvs.ジョーカーなんだよ。それこそが、『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』が探求しているテーマのひとつだと言えるんだ。」(https://eiga.com/movie/98960/interview/) 〇本作の重要な要素の一つとなる“音楽”についてホアキンは「物語に合わせて選び抜かれた曲だからこそ、その解釈を理解することが鍵でした。歌唱シーンの撮影はすべてライブで録音されたものです。テイクごとに声が異なって、とてもエキサイティングな体験でした」と撮影の裏側を告白した。(https://wwws.warnerbros.co.jp/jokermovie/news/?id=6) ○歌唱をライブにするのはレディー・ガガの提案で、お互いに相手の声とピアノ音は聞こえるが、姿は見えない形で収録したという。ホアキンは「僕もピアニストも相手が次はどうするのか分からないことで、独特のエネルギーが生まれた。それこそがあそこではとても重要だったと思うよ。大きな発見だった」と語る。(https://dramanavi.net/articles/264147) ○アーサーの独特な笑い方は、本作も前作も脚本にほぼ書かれておらず、現場で瞬間的に生まれたものだという。寒い日のアーカム矯正施設で、撮影後にホアキンが歌いながら過ごしていたところ、浴びた雨水の冷たさに思わず笑うとそのシーンが使われたという。(https://dramanavi.net/articles/264147) 〇ホアキンが撮影現場で時には脚本を破り、最初から書き直すこともあったという。監督は「ホアキンが、“ノー、ノー、ノー。ちょっと打ち合わせをしよう”と言い出して、3時間後には(脚本を)ナプキンに書き直しているわけです。」と大変さこそあれ、作品がより良いものになる実感を語った。(https://theriver.jp/joker2-joaquin-rewrote/) ○監督はそんな撮影現場でのレディー・ガガについて、撮影中でも撮影外でも自分自身を保っている姿が素晴らしいと語る。「たとえ、彼女が前日の夜にしっかりと準備してきたであろうものを、(ホアキンの)トレーラーでバラバラにしているときでさえもね。それは並大抵のことではないと思います。」(https://theriver.jp/joker2-joaquin-rewrote/) 〇ガガは撮影現場について「(ホアキンには)解き放たれて自由なところがあって、これまでのわたしの映画経験とは全く異なるものになりました。毎日、いかに正直で、真実にみちた瞬間を表現するかということに集中しました」と当時を振り返る。(https://wwws.warnerbros.co.jp/jokermovie/news/?id=6) ○ガガはピエロのメイクが意味するものについて「それは彼から派生したもの。リーのメイクは彼への執着から来ているの。」と語る。アーサーにメイクを施すシーンについては「彼女は自分が幸せになるために、彼が強くなると感じるものを武器にするのよ。」(https://dramanavi.net/articles/267656) ○ガガは本作について次のように語る。「トッド監督が伝えるストーリーは“これは絶対に思いつかない”というものに仕上がっています。みなさんには、私たちが決めるのではなく、映画を観て自分自身でこの作品のテーマを見つけ出してほしいです。」(https://wwws.warnerbros.co.jp/jokermovie/news/?id=6) 〇ガガは次のようにも語る。「ジョーカーに対する彼女の愛を私は理解しているけど、彼女はアーサーのことも愛していたと、常に信じていたの。この物語では、アーサーを愛することなしに、彼女は完全にジョーカーを愛することはできないと思う。」(https://dramanavi.net/articles/267656) 〇監督は、リーについて、ハーレイ・クインとの関連性はほとんどないと話す。「コミックから要素は取り入れているかもしれないが、それを私たちの世界のレンズを通して再構築しているんだ。」(https://eiga.com/movie/98960/interview/) 〇フィリップス監督は、本作では客観的な視点よりも、ジョーカー自身の目を通して多くの情報が表現されていると話す。「リアリズムという点では共通しますが、より想像的で象徴的なシーンが多くあるのが、本作の特徴だと思います。そして…この作品は、1作目に対する“答え”ではないとも加えておきます。」(https://wwws.warnerbros.co.jp/jokermovie/news/?id=6) 〇監督は本作を「ミュージカル映画ではない」「ミュージカルだと呼ぶと映画を限定してしまうと思うんです」と語る。「僕はミュージカルを見た時、ハッピーな気持ちで終わるけれど、この映画はそうじゃない気がします。ミュージカル映画と呼ぶことでミスリードしたくなかったんです。」(https://www.crank-in.net/news/154385/1) ○ タイトルの「フォリ・ア・ドゥ(Folie à deux)」は、フランス語で「2人狂い」という意味で、ひとりの妄想がもうひとりに感染し、2人ないし複数人で妄想を共有することがある感応精神病のこと。(https://eiga.com/movie/98960/) 〇本作のサウンドトラックでは、ホアキンとガガが往年の名曲を歌いあげる。ガガが書き下ろしたオリジナル曲「Folie à Deux」も収録。サントラの楽曲とオリジナルや有名となったヴァージョンを聴き比べられるプレイリストもApple Music / Spotify / YouTubeで公開されている。(https://www.udiscovermusic.jp/columns/film-joker-folie-a-deux-soundtrack) ◆概要 「ジョーカー」('19)の続編であり完結編。第81回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品作品。 【監督】 「ハングオーバー!」シリーズ トッド・フィリップス 【出演】 「ボーはおそれている」ホアキン・フェニックス 「アリー/スター誕生」レディー・ガガ 「オール・ユー・ニード・イズ・キル」ブレンダン・グリーソン 「マルコヴィッチの穴」キャサリン・キーナー 「デッドプール2」ザジー・ビーツ 「ゲーム・オブ・スローンズ」リー・ギル 【製作費】$200,000,000 【公開】2024年10月11日 【上映時間】138分 ◆ストーリー 理不尽な世の中で社会への反逆者、民衆の代弁者として祭り上げられたジョーカー。そんな彼の前にリーという謎めいた女性が現れる。ジョーカーの狂気はリーへ、そして群衆へと伝播し、拡散していく。孤独で心優しかった男が悪のカリスマとなって暴走し、世界を巻き込む新たな事件が起こる。 ◆ ◆以下ネタバレ ◆ ◆アーサーvsジョーカー ジョーカーが自身の影と一悶着するアニメで始まる冒頭。ホアキン・フェニックスは、本作が「アーサーvsジョーカー」の物語だと語っている。あのアニメが示していたのは、本作で描かれる、アーサーが自身に宿るジョーカーと対峙する図式そのものだった。アーサーは妄想の世界で幾度もジョーカーと化し、自身の弁護もジョーカーの力を借りんとばかりにその姿を変える(ジョーカーの姿でも“バカ笑い”が出る際はアーサー、“バカ笑い”がアーサーかジョーカーかを判別するフラグになっていた)。唯一の友人であるゲイリー(妄想の結婚式でも唯一列席していた)に精神的な重荷を背負わせた事に気づくと、ついにアーサーはジョーカーと決別する事を決意する。しかしそれが皮肉にも、愛したリーの熱を冷めさせてしまう、アーサーの理不尽で不幸すぎる運命には本作でもひどく心が痛んだ。 ◆リー そんなリーという存在が登場する事で、一時的にではあるがアーサーの心が安定した事と、ミュージカル調に仕立てるという抜本的なアイデアが生まれた本作。ホアキンは「誰がジョーカーを題材にミュージカル映画を作ろうとするだろうか」とまで語っている。タップダンスまで披露してしまうほど(初めて練習したそう)、アーサーの心の絶頂が伝わるようで、それは逆に決別時の落差に繋がり、効果的な演出になっていた。ガガもやはりシンプルに歌が上手い。あの大階段で別れを告げられるシーンが特徴的。登場人物が連鎖して歌い踊り出すのがミュージカルの通例ながら、歌うのを止めるアーサーと歌い続けるリーという、何気に見たことの無い世界観が本作でしかできない演出だと思った。 ◆フォリ・ア・ドゥ アーサーにジョーカーのメイクを施すリー。面会室ではガラスに赤を塗り、ジョーカーの笑顔を求めた彼女は、結局はジョーカーとしてのアーサー、もしくはアーサーの中に宿るジョーカーを愛していた。サブタイトルの「フォリ・ア・ドゥ」とは、妄想が伝播する精神病を意味するそう。リーはまさに、ジョーカーが発信した悪が伝播した存在だった訳で、その発信元が消えた途端に彼女の病が消え失せるのも頷けた。ラストでアーサーを刺した囚人(記憶の限りでは、劇中で2度ほどアーサーへ羨望の眼差しを向けて登場していた)も同様。“ジョークを思いついた”と、まさに“ジョーカー”になりきろうとしたあの囚人がアーサーを刺した訳こそ不明だが、倒れたアーサーの後ろで囚人が行っていたのは、自らの口をナイフで裂いているように自分には見えた。つまりジョーカーに形からなりきろうとした訳で、直後のタイトルの通り、彼もまた「フォリ・ア・ドゥ」の存在だった。正解は分からないし、いわゆる“委ねる系”のラストではあったが、解釈続きでもう一つ。最後に面会に来たのは誰か。大階段で別れを告げられた時、心から愛した人との決別にアーサーに出て当然の“バカ笑い”が出ていなかった事を考えると、あのシーン全体が妄想である解釈も可能だと思う。もし面会人がリーであったなら…。直前で息絶えたアーサーの、やはり不幸すぎる運命に心が痛む。 ◆関連作品 ○「ジョーカー」('19) 前作。第92回アカデミー賞主演男優賞、作曲賞受賞作品。 Netflix配信中。 ◆評価(2024年10月11日時点) Filmarks:★×3.4 Yahoo!検索:★×2.8 映画.com:★×3.0 引用元 https://eiga.com/movie/98960/ https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ