코멘트
horahuki

horahuki

6 years ago

5.0


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토카이도 요츠야 괴담

영화 ・ 1959

평균 3.6

この恨み晴らさずにおくものか… 中川信夫×石川義寛という『亡霊怪猫屋敷』の名コンビが放つ、数ある四谷怪談映画の中でも最高傑作の呼び声高いレジェンド中のレジェンド。公開当時はそれほどの評価を得られなかった本作だけど、後に再評価され怪談映画の頂点とまで呼ばれるに至った経緯をもつ。キャストやスタッフ皆が自分の代表作を尋ねられると本作を挙げるほどらしい。 まるで歌舞伎狂言の世界に入っていくかのようなオープニングクレジットから引き込まれる。そこから間髪入れずに伊右衛門がお岩さんの父親たちを切り捨てる伝説的な4分超えのワンカット映像へと繋がり本編がスタートする。安直なズームやクレーン撮影を使わずに直角移動を用い、役者たちの殺陣や登場タイミングを含めて複雑なシーンをワンテイクで成功させたというのだから驚きしかない。 結婚の話をする伊右衛門とお岩さんの元に現れる蛇が2人の行く末を暗示させ、巳年だと語るお岩さんを余所に身勝手に蛇を切り捨てる伊右衛門の態度もまた同様に今後の関係性を予感させる。そしてその予感通り、江戸で始まる2人の結婚生活には楽しさも喜びも感じられず、そこには倦怠に満ちた薄暗さしかない。中川映画ではお馴染みな美術担当の黒沢治安によれば、蚊帳等の最低限の小道具に限って色相の単純化を図ったらしい。 直弼はメフィストフェレスだと中川監督が伊右衛門役の天知茂に語ったように、直弼は伊右衛門を悪の道へと誘う。士官もできず先の見えない貧乏暮らしに嫌気がさした伊右衛門は、町で助けた若いお梅に惹かれる。そこに直弼がお岩さん殺害を持ちかける。本作では赤の色彩が悪を予感させる心理表現として外連味たっぷりに用いられるのだけど、直弼から毒薬の提案を聞いた伊右衛門の背後にも燃えるような強烈で暗い赤が画面を覆う。そして同様に直弼から薬を受け取る伊右衛門の背後でも白→赤への変遷が仰角カメラによって行われ、更には毒薬の包紙も赤色という念の入れよう。 そして有名な花火の連打を迎える。自分の中に芽生え花開いた悪の感情なのか罪悪感なのか。それに対し驚きの表情を浮かべる伊右衛門の心的深淵を表し、開けばもう閉じることのない不可逆性が闇への転落を決定づける。斜角を左右に振るカメラもまたお岩さんの決して戻ることのできない顛末を語り、悲痛が恨みへと転じる。 そこからはお岩さんの独壇場。現実からはかけ離れた悪夢的幻想空間の中で伊右衛門を責め苛む。木下恵介版『新釈四谷怪談』でも提示された「伊右衛門の罪悪感が見せる幻」としてのお岩さんという解釈の余地を本作でも採用しており、暗転する映像、影が濃くなる伊右衛門、更には板戸や池等の彼の悪事を象徴するアイテムが空間を埋め、蛇が何度も現れるのも単純に悪を連想させるものに留まらず、お岩さんが巳年であることに由来しているであろうことからも伊右衛門の罪悪感が作り出した心的空間であることの説得力を増している。中川監督は『怪談蛇女』でも同様に罪悪感が見せる幻としての心霊表現を採り入れており、亡霊を見てしまった自分の中の罪の意識に焦点を当てているのがわかる。 そして、聖人君子では決してないものの根っからの悪でもなく、また悪になり切ることもできない伊右衛門の人間臭いキャラクターも本作の魅力。「岩、許してくれ」の言葉と伊右衛門の顛末(誰が刀を握っていたか)から真実の彼の姿が推し量れるわけで、伊右衛門はクソなんだけど、クソとして単純に切って捨てることのできない普遍性が時代を越えて愛される所以なのでしょう。