
星ゆたか

모던 타임즈
평균 3.7
2022.5 チャールズ・チャップリン(1889~1977)イギリスのロンドンで、芸人の家に生まれる。4月16日。生誕の日です。 (あのアドルフ・ヒットラーもその四日後に生まれた) 1972年のアメリカのアカデミー賞の特別功労賞の出席のために、20年ぶりに渡米したとされています。 マッカーシズムの非米活動委員会の運動で、アメリカ映画界から追放され、イギリスへ渡り、そして 終のすみかのスイスから、大歓迎の趣で招かれたとか。 このハリウッドの赤狩りと言われた《映画産業への共産主義の浸透》の聴聞会に、共産主義者の疑いのある{非友好的}証人と指名された十数人の人物の一人に、チャップリンもマークされたらしい。そして証言を拒否したためにハリウッドから追放されたというのである。 その72年の訪米の時、本作の共演者で、当時三度目の妻ポーレット・ゴダード(1942年離婚)とも涙の再会を果たしたとも言われる。 またこの映画の時の、チャップリン夫妻が、お忍びの旅で寄った1936年(3月6日)の日本の神戸でのエピソード。 その当時、映画雑誌編集者の淀川長治さん(当時26歳)が、自身がどれだけチャップリンの愛好者であるかを解ってもらうために、彼の前でチャップリンの{番頭}という映画の時の彼を、身振り手振りをしてマネして見せた。その心情が通じたお陰で50分に渡る二人だけの単独インタビューを成し遂げとげられたという。(またこの時のご縁で、後の1952年の「ライムライト」の撮影中のセットに招き入れてもらい、二度目の対面を果たす) とは、後での淀川さんの話。 ちょうどサイレントからトーキーの映画の移行期にあたる作品です。 映画の途中でチャップリンの地声で唄う、無国籍語の『ティティーナ』が話題になりました。 初めて見る者にとっては、そのセリフのない、パントマイム的な、まさに数々の名人芸を堪能できる作品です。 自動給食機の翻弄に振り回される可笑しさ。 スパナーのナット締めから精神の錯乱を起こす風刺的笑い。 夜警の仕事で閉店後の店内でのローラー・スケートのスリリングな妙技。 しかし公開当時は、この作品は正当な評価を受けなかったとされています。 その理由はギャグが以前の再編だとか。テーマが社会主義的(開巻の“産業と個人企業と、幸福を求めて戦う人間性の物語”という字幕の所から)だとか。 またフランスの制作会社からルネ・クレール監督の「自由を我等に」(1931年)の盗作だとかの訴訟を起こされました。(しかしこれはルネ・クレール監督自身の弁明で解決) またあの山高帽子にダブダブのズボン、ステッキ、ドタ靴のスタイルの彼が登場する最後の作品でもあります。 ともかく戦前から戦後まで、日本でもチャップリンの映画は人気で多くの人々に愛されました。 「黄金狂時代」(1924)「街の灯」(1931)「独裁者」(1940)「殺人狂時代」(1947)「ライムライト」(1952)「ニューヨークの王様」(1957)「伯爵夫人」(1966)などなど。 そしてチャップリンの、そのアメリカ映画界からの再評価の流れを受けて、1972年の後半から世界的な、本格的リバイバル公開が進み、私も短編はともかく本編が、初のチャップリン映画で、その頃まだ10代でしたが、大変感激しました。当時感動のあまり、しばらく白黒のチャップリンプリントのあるTシャツを着ていた記憶があります。 またその後ずいぶんたって、買い求めた大林宣彦監督と映画評論家の荻昌弘さんの対談音声の入った、レーザーディスク盤(その他チャップリン物で7枚全て対談相手が違う)が、再生機もないのに今なお手放せないでいます。 またしばらくぶりにブルーレイデスクにダビングしたチャップリン映画でも楽しもうかな。