코멘트
HIRO。

HIRO。

7 years ago

4.0


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학살기관

영화 ・ 2017

평균 3.4

我々がAmazonで買い物する傍ら、部屋でデリバリーのピザを食すような安寧の世界は、何を代償に成り立っているのだろうか。 9.11の衝撃はアメリカを筆頭として先進諸国を監視社会に変えた。それは対外的脅威の排除を名目に国民のプライバシーを度外視した侵害的措置ではあるものの、平穏を享受する側には関係がない。虐殺器官に描かれた先進社会の絵図は、監視社会の極北だろう。テロの恐怖に抑圧されない自由と引き換えに、個人の歩いた軌跡を追跡されない自由を放棄した。 人は見たいものしか見ない、という命題が印象的だ。監視国家に守られた者達はその揺りかごのような心地良さに浸っている限り、今あるこの世界が何を犠牲に成り立っているか、雨粒ほどの関心も寄せようとしないのである。テイクアウトしたビッグマックにかぶりつきながら、Googleで昨日のラグビーの試合結果を調べる人は数多くとも、昨年何人の少年兵が死んだか積極的に調べようとする人は稀だ。アメリカと紛争地帯はあまりに遠く、遠い世界の出来事は存在しないのと同じだ。丁重にマスキングされた心では、このグロテスクに気づけない。そしてテロを遠ざけているのが、自らのプライバシーと引き換えの監視社会ではなく、遠い世界で引き起こされる虐殺であることにも気づけないのだ。 ジョン・ボールの正義はあまりに独善的で歪と言う他ないが、知らず知らずのうちに彼の正義を承認してしまう体質というのが我々には備わっているのではないだろうか。であるならば、虐殺の文法が実証されない未来を祈る。