
星ゆたか

위대한 독재자
평균 3.8
2022.6.13 【座談会レビュー】第五回。 1940年のチャップリンの名作であります。 日本公開は20年遅れて1960年でした。 何故か?それは当時、日独伊三国同盟が成立された時世だったからです。ドイツの首相・ヒトラーを揶揄したような映画はもちろん公開されませんでした。先日NHKTVの“映像の世紀”でこの二人の特集を放映していたので、今回取り上げました。 さて今回も星ゆたか、光みちる、風かおる、雲かすみ、雨みつをの面々です。よろしくお願いいたします。 (星)製作公開(米・英)されてから20年もたち、いくら人気のチャップリン映画でも?というにも関わらず。 ちょうど1960年日米安全保障条約をめぐって、学生安保闘争の政治的関心の高まった時でもあり、高い評価・人気を得た映画でした。 確かに劇中チャップリンが叫ぶ次のような言葉は日本の若者の心にも響いたでしょう。 『国と国との壁を取り除き、今こそ闘おう、世界の解放のために。貧欲・憎悪・不寛容を追放するために、理性ある世界のために闘おう。科学と進歩が全人類を幸福に導くように、民主主義のために団結しよう。』 この映画は「甘い生活」フェデリコ・フェリーニ監督、「太陽がいっぱい」ルネ・クレマン監督、「大人は判ってくれない」フランソワ・トリュフォー監督、「勝手にしやがれ」ジャン=リック・ゴダール監督などを押さえてベストワンに輝きました。 (光)チャールズ・チャップリンとアドルフ・ヒットラー。 同じ1889年4月生まれで誕生日も4日違い。しかもチョビヒゲの風貌が似ていて、どちらも映像メディアを屈して人々を熱狂させ、火花を散らして歴史を起こした人物でした。 (風)それまではチャップリンといえば。ダブダブのズボンにきつすぎるほどの上着、小さな山高帽子に大きなドタ靴。ステッキ棒そしてアヒル歩きがトレードマークでしたが、本作品は違いましたね。 独裁者に立ち向かい、自由と民主主義を訴え続けた喜劇王。 『すべての映画はプロパガンダです。ボーイ・ミーツ・ガールの映画は愛のプロパガンダ。そして「独裁者」は民主主義のプロパガンダなのです。』と語った。 (雨)「モダンタイムス」(1936年)の後、イギリスのプロデューサー、アレグサンダー・コルダが(ハンガリー生まれで)以前ドイツ映画で働いていて、その当時のメンバーがナチズムの統制下で苦しんでいたので、チャップリンに持ち掛けた企画でした。 彼も『あの恐るべき醜怪な化けものが、狂気を掻き立てている時に、甘い恋話など作っている場合ではない』と本作品作りに入ったそうです。 (雲)しかし後年チャップリンは『彼は狂人で私は喜劇役者だ。しかし一つ間違えばその反対になっていたかもしれない。私がこうしていられるのも神様のお陰だ』と話しています。 またヒトラーは十代の頃は画家を目指し、第一次世界大戦(1914~1918)の時は最下級の荷馬車引きだった。しかし本人は祖国に立派な奉仕をした、第一級の「代議士」だったと確信していると述べています。ですから政治家を目指してからは、持ち前の演説の才能とムキダシの野心で、32歳でナチス労働党の党首になりました。 (星)チャップリンはヒトラーのニュース映画を繰り返し映写し、演技プランを立て『奴はすごい役者だ!そうさ われわれの中で最高の役者だ』と言ったとか。 そのヒトラーは確かに、演説の発声法や身ぶり手振りをプロに学んだそうです。発声はオペラ歌手のパウル・デフリーントに、もともと鼻骨に歪みのあるヒトラーは力みのない、自然に声を出す呼吸法を教えられました。 また聴衆の心のつかみ方、壇上でのジェスチャー、立ち振舞い。 初めは静かに聴衆の心が自分に向くまで、たっぷり間をとり一言一言ゆっくり語る。前政権への批判から声が高まり、手の動きが激しくなり身ぶり手振りで、聴衆をあおぎ立てたんです。 (光)ヒトラーは大物らしく見せるための研究を重ね、独裁者を創造していった訳なんですね。頭髪を半ば額にたらし、威厳と慈愛を同時に示す微笑。立ったり座ったりする時の両手の置場所や組み方など。 そう言えばあの二人のチョビ髭は、共に25歳の時からなんですって。チャップリンはプロデューサーに若く見られて不安にならないため。ヒトラーはまさに虚栄心のシンボルでしょうね。 (風)完成したチャップリンの映画をヒトラーは見たんでしょうか。これも諸説があり、ナチの映像資料のリストには、最悪で侮辱な扇動映画として記録されてます。ヒトラーはゲッペルスの猛反対にも関わらず、早くからポルトガルでプリントを手に入れ、自分を笑い者にしたこの映画を一人で見たのではないかとも言われましたが本当の所は? (雨)チャップリンもまた『本人の感想を聞きたいネ』とも言ったとか。 あるいは『まだあの当時アウシュヴィッツやブッヘンベルト、トレブリンカなどの強制収容所などの情報がなかったから、ナチども殺人狂を笑い者に出来たけど、知ってたらその勇気は出なかったかもしれない。』と正直な気持ちも語ってます。 またあの有名なラストの“人間の尊厳と自由について”の6分にわたる演説。 当初兵士が終戦を喜びハッピーエンドを迎える場面を撮り終えた後で、ナチのフランス・パリ攻略ニュースを聞いて納得できず。 新たに追加した様子も、今回の“映像の世紀”で見ることが出来ました。 (星)それでは各人印象的な場面をあげていきましょうか。 まず私はユダヤ人の床屋が第一次大戦の巨砲の砲手で、砲弾が火花と煙を吐いてクルクル回るギャグが面白かった。 (雲)友軍機が不時着、負傷したパイロット・シュルツを助け飛行機を運転、途中から機が逆さまになり、しばらく気づかず乗っている所もイイです。しかもこの人助けたから、後あとユダヤ人区の扱いが一時ゆるくなりました。 (雨)床屋に戻った彼がブラームスの「ハンガリー舞曲第五番」にあわせて客の髭剃りをする所。この泡立てはチャップリが貧しい幼い頃に働いてやったことがあるんですって。だから後で愛する女性ハンナ(母親の名前)に綺麗にする所で女性なのに、間違ってやってしてしまう微笑ましいラブシーンなんですけど、別にもう1つ母親との思い出に繋がるような至福感があるのかもしれない。 (風)同じファシズム国家の元首とライバル意識むき出しで、どちらが上から目線で相手を見下せるかと、互いのイスを手動のレバーであげ合う笑いも忘れられません。 人間性の笑いには2つのポイントがあるんだそうです。 一つは富や権力のある者が苦しめられているのを見て普通人が味わう喜びの笑い(弱者や貧しい人でなく) 二つめは舞台やスクリーンで目撃する感情を自分の中に体験するという人間の性癖。 後にでてくる独裁者暗殺計画を実施するのを、誰に決めるかの決断。皆ケーキに入れられたコインを自分が食べたくなくて、隣の人に入れ替える所の可笑しさなんて二番目の笑いかもしれません。この時はハンナが全部のケーキにコインを入れたから、皆それぞれ隣の人に回して、あわてたり、すまし顔したり、おかしいね。とにかく食べ物を扱った彼のお笑いは天下一品! (光)独裁者の彼がワグナーの曲にあわせて巨大な地球儀を風船のようにもてあそぶ、ヒトラーの幼児性と分裂気質をチャップリンが見通したような展開も、強烈ですね。 ですからこの映画はもちろんですが、10年以上前から上映されていた「黄金狂時代」(1925年)らのチャップリン映画の上映もドイツでは禁止されました。 ついでにこの「独裁者」はドイツ統一後2003年初めてベルリン映画祭のクロージングに上映されたという。 つまりそれまで正式にはこの作品は上映されたことがなかったということです。 (星)ヒトラーは1945年4月に愛人エヴァ・ブラウンと地下壕で自殺しましたが、最後に秘書に次のように語ったとか。 『ナチズムは壊滅した、もう終わりだ。その思想は私と共に消滅する。だが100年後には新たなる思想が生まれるであろう。』 その言葉の77年後の今年、あのウクライナ侵攻のロシアの暴とくとは? それを意味するのか。 最後にナチスから亡命したドイツの心理学者ルドルフ・アルンハイムの言葉を持って今回の座談会を閉めたいと思います。ありがとうございました。 『チャップリンは人間の笑いという秘密の武器を持った、ただひとりの芸術家である。その笑いはひとりよがりに敵をあなどって、危険に目を向けない表面的なあざけりでなく、暴力を死の脅威さえ軽蔑する賢者の心からの笑いなのだ。何故なら彼はその裏に敵の精神力のなさと愚かさ、嘘を発見しているからである。』