밀양
밀양
2007 · 로맨스/드라마 · 한국
2시간 23분



신애는 교통사고로 죽어버린 남편의 고향 밀양으로 아들 준을 데리고 이사한다. 오는 길에 고장난 차를 고쳐주러 온 카센터 사장 종찬의 렉카를 타고 밀양으로 들어가는 세 사람. 신애는 남편의 고향에 덩그러니 정착한 모자를 측은하게 보는 사람 들에게 애써 씩씩하게 군다. 종찬은 이 속모를 여자를 그날부터 졸졸 따른다. 살 집을 구해주고, 피아노 학원을 봐주고, 그녀를 따라 땅을 보러 다니며 그의 하루 일과는 시작된다. 늘 네댓 걸음 뒤에서, 부르면 다가서고 밀쳐내면 물러나면서.
笑いと推理が交差する、時代ミステリー
「唐人街探偵1900」都度課金開始✨
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출연/제작
코멘트
20+삽입곡 정보

Criollo
![김치한조각 (From 밀양) [feat. Mr. Room9 & AG]-thumbnail](https://is1-ssl.mzstatic.com/image/thumb/Features115/v4/f6/10/d5/f610d516-d75e-9528-e8f4-6aa0d1514b78/mzl.rqpjexsl.png/800x800cc.jpg)
김치한조각 (From 밀양) [feat. Mr. Room9 & AG]

거짓말이야

Criollo
星ゆたか
4.0
2025.4.27 「ペパーミント·キャンディー」(99)や「オアシス」(02)そして「ポエトリーアグネスの詩」(20)と大変印象強い。 イ·チャンドン監督(54年1月生)の本作は日本では2008年に公開された。 7月[北京オリンピック]9月[リーマンショック]等の年。 映画では「おくりびと」(滝田洋二郎監督)が公開され、翌年3月には米·アカデミー外国映画賞受賞になった。 私的には「実力·連合赤軍あさま山荘への道程」(若松孝二監督)「トウキョウソナタ」(黒沢清監督)「歩いても歩いても」(是枝裕和監督)や。 「イントゥザワイルド」(ショーン·ペン監督)「ラストコーション」(アン·リー監督)「その土曜日、7時58分」(シドニー·ルメット監督)「つぐない」(ジョー·ライト監督)などをその年の代表作にあげたが。 この作品もその年に鑑賞したら必ずや上位に名を連ねただろうと思った。 本作は2023年に❲イ·チャンドン.レトロスペティブ4Kレストラ版❳として代表作公開されている。 経歴が高校教師から小説家を経て。 40歳で映画の道へ進んでいる方で。 本作も脚本監督の映画である。 物語はシングルマザーの幼い一人息子が誘拐され殺されてしまい。 その苦悩を乗り越えるべき求めたキリスト教信仰の【許し】で。 一旦はその信仰心で心安泰に。 犯人と自ら望んで刑務所で対面する。自分が信仰で救われ穏やかな心持ちになったその事を伝えたくて…と。 信仰仲間も牧師さんも、この犯人との対面には心配する。 すると案の定、自分より先に、その信仰で【許された】と語る男の表情に唖然とショック❗️ 精神崩壊、異常をお越し自殺未遂。 果たして、[SECRET SUNSHINE](秘密の日射し)はヒロインに訪れるのだろうか⁉️ といった話であった。 教師から小説家というぐらいだからか。 特に登場人物のキャラや言動が実に。 さりげなく鮮やかに振り分けられていて見応えがある。 彼女シネ(チョ·ドヨンは本作でカンヌ映画祭主演女優賞*アジア女優初)ソウルで育ち。 両親と上手くいってなかったのか。 早く実家から離れた土地で再出発したくて。 亡き夫の故郷に引っ越してきた。 自動車事故で亡くなった夫を。 弟などは『浮気をして』と非難するが。 彼女はそういった事で自分の人生を汚したくなかった。 私には愛する息子もいるし。 ピアノ教室を開いてやっていけるんだから。 (大丈夫!)と言い聞かせてきた。 周りには夫の保険金を『銀行預けても利子で増える訳でもないから、土地投機でも』などと羽振りのいい発言を。 近所の洋服屋の女主人に『内装インテリアは黒でなく明るい色にしたらお客さんが増える』と。 初対面の挨拶がわりに。 また生理痛の薬を買い求めた薬屋の女主人には。 『貴方のような心の傷がある人には信仰が必要、教会に!』と薦められるが。 『わたしは見えないものは信じない』と応える。 また引っ越しの途中に愛車の故障で世話になった自動車修理屋のジョンチャン(名優ソン·ガンホ)は。 この機に(39歳独身)良ければ結婚相手にと期待し。 何かと近ずいてくる。 彼女からは『俗物』と言われ。 彼女の弟からは『姉さんの好みじゃないから期待しないで』と釘をさされる。 しかしまったくそんな言葉に同ぜず。 こりずに彼女に近ずき続ける。 そんなある日、息子が誘拐され犯人から多額の金の要求電話がかかってきた。 現状に起きた事に、これまでも、他人に頼る事なくやってきた彼女は。 犯人の要求どうり、激しく動揺しながらも。 息子の声も聞かせて貰えないままに全財産の金を銀行からおろし指定場所へ。 そして犯人が息子の世話になっていた幼児教育塾経営者らしい事が明らかになる。 普段から景気のいい彼女の金回り話(ホラ)に計画された。 しかし最悪の結果、息子は川で死体発見となる。 この塾では弁論発表会があり。 息子はこの“犯人”から連呼言葉として教えられた。 『僕は国の為になる立派な人間になります!』と親御さんの前で唱えたばかりの矢先。 絶望の果て放心状態、涙も見せぬその娘を葬儀場で罵倒する母親。 そこにあの薬屋勧誘の教会ポスターに眼が止まる。 『祈りの中に答えがあり 神の声にふれるのです。 汝の敵を愛し許すのです。』 教会の牧師の説教に頑なな彼女の心は揉み解され。 彼女は声をあげて号泣する。 そして安堵の表情を浮かべ信仰仲間の談笑にも加わる。 そしてこの心境を刑務所にいる犯人に伝えようと決める。 刑務所で対面した犯人は彼女の『許し』に感謝し。 実は私も刑務所で信仰によって救われた。 『罪を神に告解し許されて今は平安な気持ちです』と応えた。 (何?この男は私が苦しんでいる時に“許された”?。) (何?何?それ…❔?) まったくの予期せぬ犯人の反応の様子に。 茫然自失、ふらつく足取りで刑務所から出てきた彼女は連れ添ったジョンチャンや信仰仲間の2人の前で失神して倒れた。 『私が(被害者)許しの手渡し(信仰)にきたのに、あの男(加害者)は先に神に許されたのか、そんな理不尽な⁉️』 『そこまではいくら神のみ心といえど、理解できない。 普通の人にとって、新たに浮かぶ信仰への想い·強さとは?』 といった所に、このイ·チャンドン監督の作品への視点があるのだろうか。 韓国は熱心なキリスト教信者の多い国らしく。 監督は決してこの作品で、信仰自体を批判したり、分断している訳ではないと思う。 教会の牧師の聖書の説教にしても。 また自宅訪問や普段の信者への牧師の言葉語りも、真剣に誠実にとらえている。好意的にだ。 だから公園での説法集会での描写も。 牧師の語りよりも。 むしろ案じられるのは。 合同唱和の祈言葉に洗脳心服して。 個の理性消失の果てかのような集まった信者の方が。 『大丈夫?』と声を掛けたくなるぐらいだ。 何も神は普通の普段の良心のお人ぶりを、私たちが失くして、神に従順する事を求めているのではないと思う。 そこで更にその上で『神の聖心をいきるとは?果たして?』 そう言う事を一般観客に問いかけているのでは。 以前「オアシス」公開時に監督の話していた言葉がある。 『遠くから現実を眺めるのでなく。ファンタジーと現実を瞬間で行き来するように感じてほしい。人はどちらかの世界にいると安心はできます。境界にいると不安で居心地も悪い。けれど意思を通わす為に境界線に立つ事が必要です。私は現実は暗くても、映画の中では願いや望みを語り合いたい。個人的に望みや願い夢を他の人と分かち合う時に、希望が生まれ大きく育っていくのではないかと思います』 この映画では薬屋の女主人の夫に。 ヒロインは信仰の真髄を問う(本当に信仰で罪を許せるか?)かのように。 あそこで薬屋の夫を誘惑するのは。綺麗事を言っている信者の実態を暴くか如くだが。 ここで、アダムとイブの原罪の説話で。 ヘビの知恵の誘惑がある。 神によって禁じられていた木の実を食べるアダムとイブ。 『美味しいぞ食べろ』と言うヘビの誘惑に負ける。 それは唯物論の知恵で。 ヘビとは地面と全身を接触して進む存在の象徴。 つまり地面は物質の象徴で。 それまではアダムとイブは自らの裸の存在を恥ずかしいと思考しなかった(唯心論)が。 逆に、人間は肉体の唯物的存在とする考え方はヘビの知恵からで。 これは唯物論の伝授の説話との解釈があります。 また神の言いつけを守らず罪をおかしたから人は罪の子であるとの原罪の意味。 だから映画でも。 その後の。 犯人の娘とヒロインの接触場面でも。 それまでこの犯人の娘は、父親に反抗し非行に走っていて。 その彼女が別の非行軽罪で刑務所入りになり。 そこで得た美容師のカット技術をいかし就職した美容院。 たまたま自殺未遂から治癒して退院してきたヒロインの髪を、その店で(涙ながら)カットする事になる。 努めて冷静に彼女も会話しながらカットされているが。 犯人の娘にカットされている事に。 どうしても耐えきれず途中で店を抜け出し。自宅へ帰ってしまう。 後を追いかけてきたジョンチャンが。 自分でカットしようとする彼女に変わって髪を切ってやり始める所で。 カメラは左にパンして自宅の敷地の人のいない空ショットで幕となる。 つまりヒロインのいく末をこの“俗物”の男の存在の助けと暗示して…。 この悩める人の髪を素人の普通の人が切ってあげると言う行為で思いだす上で。 昨年話題になって邦画「夜明けのすべて」(三宅唱監督)と言う映画がある。 その中で、パニック障害の青年の髪をPMS(月経前症候群)の同僚の娘が切ってあげる場面があった。 それで彼らの心が開かれたのであった。 つまり髪(カミ·神)の心が開かれたと言霊のご韻の響き⁉️ 何か人の髪(神と同じ同音)を整えると言う事は意義深い事なのかも知れない。 だからあの加害者の娘が被害者の息子の母親の髪を切る設定にも深い意味があるのだろう。 『おまえは罪を許せるか❓️』 また人の罪を許すことで癒されるかと?。 『髪(カミ·神)を切る』とは。 『十字をきる·神の愛を信奉する』現れ、具現化と考えた。
shimabukurock
보는 중
すべてのシーンに、上手いなぁ、上手いなぁと感心し続けていた。 主役のチャン・ドヨンも、ソン・ガンホも凄い演技だが、登場人物のすべてが、とにかくどこか感じ悪い。 ありふれた日常の。韓国の密陽(ミリャン)という街並みとそこに生きる人たち。 前半からとにかく笑顔で親切な中にも、腹を立てるほどではないけどムカつく程度の「嫌な感じ」が挟み込まれる。 それは、本当に主人公の言動も含め。 何なら劇中で語られる「夫」すら、かなり嫌な感じである。 あのダラーっと身体をへたらせた覇気のない子供の誘拐から、物語はより深い闇の中にどんどん入り込んでいき、この世界に何気なく、そしてありふれている狂気とか絶望が淡々と顔を出してくる。 その辺りが実に落ち着いて、これ見よがしではなく、また、説明的でなくじっくりと溢れ出してくる演出に感心。 実に映画的。 「密陽」という街映画として。そしてそこに生きる人たちの生活や、少しずつ人間が抱えている苦しみから、どうやったら救われるのか。 ということを深く考えさせられる。 神によって救われるのも。愛によって救われるのも。そもそも、が神も愛も矛盾している。 それ故にあまりにも、現実があまりに苦しい。それを実に「詩的に」描いたことで、そして何より強度な「映画的表現」で見せてくれて、大変嬉しくなった。
Schindler's Memo
5.0
勇気のある映画だと思う。 主人公の女性は、非常に「心の弱い」人間だ。 この人間に息子の喪失・・、しかも犯罪による喪失を突きつける。・・・これだけでも非常に身につまされ、強烈に感情移入してしまい、身動きが取れなくなる。 そして、「心の弱さ」に憑依するように「宗教」が入り込んでくる。この映画は、それを痛烈に「否定」している映画だと思う。少なくともそのように描いている。 カンヌに出品されたということは、信仰に非常に敏感なヨーロッパ圏に、このテーマを突きつけたものだと思う。その点で非常に勇気があると思った。 心の弱さにつけこむような「信仰」が、非常に不健康に(滑稽に)描かれる。さらには、件の「犯人」にも入り込む。これを見て主人公は愕然とし、自分の中の「憎しみ」に押しつぶされる。 観客であるコチラも、犯人のこの男に対しては強烈に憎しみを感じてしまう。凄い演出だと思った。 ソン・ガンホ演ずる、主人公に一方的にホレ込んでしまった、「俗物」男が、ラスト近くで言うセリフ、「教会に行くのが習慣になっちまって・・」というのが、非常に健康的に聞こえた。 手ブレの多いカメラ・ワークの140分を強いられるが、あっという間に観てしまった感がある。久しぶりの経験。
shimamura666
3.0
ソンガンホが出ているからと軽い気持ちで観てしまった 最初から最後まで変わらない主人公に苦々しい気持ちになります
しょう
5.0
스포일러가 있어요!!
ハナ
4.0
스포일러가 있어요!!
ATSUMI
3.0
感謝、許し、幸せ、これが平穏な日々?苦しみは人生に必要?わからないねぇ。主役の2人はうまいよねぇ。
アメンポトフ13世
3.0
息子の誘拐という大事件が起こるのですが、それが主題ではないという点に意外性を感じました。観た後の余韻や張り巡らされた伏線等のこの監督らしさは健在でしたが、その一方でやや大人しめというのか他作品よりは刺々しさというのかそっちの方の個性は控えめでした。 評価が難しいなー。先述のような張り巡らされた伏線や巧みに隠された裏テーマなど、作品としてはイ・チャンドン監督らしさというのかクオリティは確保していると思いますが、むしろ個人的な好みというか宗教観の違いを感じてしまいました。またTwitterで考察記事書いてます。
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