와일드 번치
The Wild Bunch
1969 · 서부극/ 액션/드라마/범죄 · 미국
2시간 22분



1913년 멕시코. 범죄를 일삼는 8명의 악당들은 그들을 추적하는 인간 사냥꾼들에게 포위된다. 무고한 사람들까지 죽음을 당할 정도의 격렬한 총격전 끝에 악당 5명은 끝내 추격의 올가미를 빠져 나간다. 리더인 파이크 비숍, 충성스런 더치, 불만투성이의 소치 형제와 이들의 앙숙인 멕시코 출신의 앤젤. 여기에 왕년에 총잡이로 이름을 떨치던 시키즈까지 가세해 여섯명이 된 일행은 추격자들의 끈질긴 추격을 역시 끈질기게 피해간다. 이들 일행에게 악당 두목 아파치는 무기를 수송하는 기차를 털라고 사주를 한다. 와일드 번치 일당이 감행한 이 작전은 성공을 거두지만 아파치는 앤젤을 인질로 잡는다. 무기를 인도하는 과정에서 앤젤이 무기를 빼돌렸다는 것이다. 파이크를 비롯한 나머지 와일드 번치 일당은 동료 앤젤을 구하기 위해 결과가 뻔한 싸움을 감행한다.
🌙 抜け殻になっても、感情は消えない
「ぬけがら」都度課金開始✨
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きなこ猫
4.0
滅びゆく誇り高き漢たちへの鎮魂歌。今や絶滅危惧種となった激シブ俳優の面魂だけで、ご飯三杯はいけちゃうかもね。
Masatoshi
5.0
一番最初に知ったサム・ペキンパー監督作品です。もう言うまでもない男の映画ですね。 演技で難しいのは歩くシーンだとか聞いたことがありますが、この作品でも、捕らえられた仲間のエンジェルを助けるためパイク達4人がマパッチ将軍に会いに4人が並んで歩いて行くあの有名なシーンがあります。パイク役のウィリアム・ホールデンの厳しい表情は死地に赴く覚悟と言うか、特にダッチ役を演じるアーネスト・ボーグナインのどこか晴れやかな表情はこれからのひと暴れを楽しみにしているかのようにも見えます。ただ、メイキング映像で、アーネスト・ボーグナインがインタビューに答えて、あのシーンは、ペキンパー監督から、とにかく歩け歩けと指示されて、自分たちは訳も分からず、何度もどんどん歩かされたんだと語っていました。そう思って観ると、ウォーレン・オーツは結構くたびれた表情(元々そう言う表情でもありますが)に見えますし、ボーグナインも、いつまで歩くのかなって言う含み笑いにも見えてきます。ところで、マパッチ将軍を演じたエミリオ・フェルナンデス、1946年には映画監督として第一回カンヌ映画祭でグランプリを受賞しているそうです。沢山の映画に出演されていますが、『ガルシアの首』での存在感と 渋さ、本当に名優ですね。
アリちゃんパパ
4.0
鉄道を狙った強盗団が罠にはまり逃避行の末にメキシコに辿り着き、政府軍に戦いを挑むまでを描いた傑作西部劇です。 従来西部劇は、勧善懲悪、主人公が悪人をやっつけてめでたしめでたしのストーリーがほとんどでしたが、本作では滅びの美学が描かれており、アメリカン・ニューシネマの系譜に属していると考えます。 そんな理屈はともかく、ラストの壮絶な戦いは西部劇の歴史に燦然と輝く名シーンです。 ウ イリアム・ホールデン、ロバート・ライアン、アーネスト・ボーグナイン、ベン・ジョンソン、ウォーレン・オーツ。皆西部劇の歴史に名を刻んだ名優達がそれぞれに印象深い仕事をしてくれています。 印象深いのは哀愁漂う名曲「ラ・ゴロンドリーナ(ツバメ)」が本作に深みを与えていることです。この曲が、別れゆく大切な人に対する想いを飛び立つツバメに例えていることを知ることができ、感慨深いものがあります。
dreamer
5.0
"ハリウッドの異端児サム・ペキンパー監督が、歴史の転換点としての西部の時代の終焉を雄大なスケールで描く挽歌「ワイルドバンチ」" 西部劇は1960年代半ばからのマカロニ・ウエスタンの席捲という、時代とアメリカそのものの社会状況の変化に伴い、それまでの定型的な様式美等を打ち破り、「明日に向って撃て!」と共に「ワイルドバンチ」がその方向性は全く異なりますが、西部劇のパターンを完全に解体し変革しました。 このサム・ペキンパー監督の「ワイルドバンチ」は西部劇の歴史の中で、この映画ほど公開当時、アメリカで数多くの非難を浴びた映画は他にありませんでした。 まず女性の映画評論家や映画ファンが怒りの声をあげ、続いて良識派と言われる映画評論家や映画ファンがそれに同調し、西部劇のファンまでが不快感をあらわにしたそうです。 あの西部劇の王者ジョン・ウェインが「こんなもの、西部劇じゃない」と罵倒的な感想を述べたとも言われています。 確かにこの映画を表層的に観ただけでは、このような評価を受けるのも無理からぬところがあり、例えば有名なこの映画での最初の大虐殺場面----ウィリアム・ホールデン、アーネスト・ボーグナイン、ウォーレン・オーツ等の一癖も二癖もあり、暗い過去をひきづって、道徳観のかけらもない中年を過ぎた無法者の一味が1913年、革命の最中の動乱のメキシコとの国境の町にある鉄道管理事務所を金目当てで襲撃します。 西部劇には昔から"グッド・バッド・ガイ"と言われる"善良なる悪人"が登場しますが「ワイルドバンチ」の連中は根が善良というのとは全く違います。 そしてこの町には鉄道会社に雇われたロバート・ライアン等の賞金稼ぎの荒くれ男どもが建物の屋根の上で待ち伏せしています。そこへたまたま禁酒運動の婦人団体が、子供もまじえて行進して来ます。 逃亡しようとする無法者一味に向けて賞金稼ぎが一斉に打ちまくります。 無数の銃弾の雨がデモ行進の人々の上に降り注ぎます。 そこはまるで阿鼻叫喚の地獄的な風景に一変します。 撃たれた人間が血を噴き出しながら倒れていく様が、超スローモーションのモンタージュで描かれます。 アップとズームの多用、また、手持ちカメラや望遠レンズを頻繁に用いた手法も斬新で、それ迄の西部劇と比較すると驚異的な飛躍であり、これにより一気に映画的緊張感や躍動感が増したのではないかと感じました。 血なま臭く、残酷極まりない殺戮シーンを、陶酔するように美しく表現し、暴力の美学を描き切り、サム・ペキンパー監督は人間が行動する様や、それが引き起こす暴力や残酷さというものに究極の美を見い出そうとしているかのようです。 1960年代後半のアメリカはウーマン・リブ運動が起こり、女性の観客や良識派と言われる人々は必要以上に過敏に反応し、この「ワイルドバンチ」を男のバーバリズムの復権を唱える危険な暴力映画として捉えたのかもしれませんし、様式美にこだわる西部劇ファンは映画の中で無数に飛び散る血に嫌悪感を示したのかもしれません。 しかし、現在のいわば血みどろな映画が普通に描かれている状況からすれば、この映画で流される血のフォトジェニックな美しさは他の追随を許さないほど、素晴らしいものがあります。 映像表現は、"様式とリアリズムの間"で揺れ動いて来ましたが、最も厄介だったのが、この"血"の表現だったと思いますがサム・ペキンパー監督はそれを超スローモーションを使用する事で克服したのだと思います。 つまり、"様式の破壊ではなく、新しい様式美を創出した"のだと思います。 その証拠に冒頭の殺戮シーンでは女性や子供が撃たれるショットがなく、一定のモラルは守られていたように思います。 この映画以降、サム・ペキンパー監督には"血みどろの暴力派監督のレッテル"が貼られる事になりましたが、そうなるとクェンティン・タランティーノ監督やロバート・ロドリゲス監督のように血と暴力に過大な意味を見い出す、いわば"バイオレンス陶酔派"とも言うべき信奉者も出現して来ました。 確かにこの映画は生臭く、暴力的で、破滅的で、非情でもあり、彼等の生きる世界も暴力に満ちていて、映画の冒頭の銃撃戦ではお互いの銃弾で多数の住民が巻き添えになります。 サム・ペキンパー監督は、この映画のタイトルシーンでの蟻の巣にサソリを落として遊ぶ子供たちを描く事で、その事を象徴的に暗示し、その中で彼等が死というものに向って一直線に突き進んでいく様を描いたのだと思います。 そして映画を観終わった後に感じるのは、この映画を巨視的に時代の変遷を捉える映像作家としてのサム・ペキンパー監督の透徹したリアルな視点です。 ロバート・ライアン率いる賞金稼ぎの一団は、鉄道会社の雇われ者です。 ウィリアム・ホールデンを首領とする無法者一味は、馬から鉄道の時代へと移行する歴史の転換の時代の中、いわば鉄道によってアメリカから追われて来たのです。 そして彼等はメキシコへ逃れ、革命の嵐に巻き込まれ、映画のラストで近代的な装備の軍隊と凄絶な死闘のあげく、全滅していくのです。 このラストの凄絶な死闘の場面の映像的な美しさは、まさに映画史に永遠に残る名シーンだと思います。 そして、それは西部の時代の終焉であると同時に、戦争の近代化の始まりをも意味しています。 この「ワイルドバンチ」は、歴史の転換点を雄大なスケールで描いた"西部劇の哀しい挽歌"を描いた映画なのです。
やしざわ
4.5
男達の生き様に涙
(ᵔᴥᵔ)
3.0
パイク達がエンジェルにめちゃくちゃ強い仲間意識持ってない印象だったから正直最後の展開?だった (エンジェルに将軍に喧嘩挑むなら一人でどうにかしろってパイクが言ってたり、エンジェルを最初はダッチも見捨てたり、ボロボロになったエンジェルを初めて見た時助けようとしなかったし…) エンジェルよりも、ソーントンの方がどっちかて言うとパイクは思い入れありそうだったのに、ソーントンが逮捕された時は置き去りにして自分だけ逃げておいて、ソーントンよりも親交が浅そうなエンジェルには死ぬと分かっていながら最後の最後で味方面して助けに行くの、ちょっと腑に落ちなかった。。。🫥 あといくら西部劇とはいえ、あまり女子供に銃を向けるのはちょっとな〜と思っちゃった。今まで20本以上〜ぐらいは西部劇見たけど、こんなに女子供に銃を向ける描写がある作品には出会ってこなかったから……(パッと思いつくのは怒りのガンマン銀山の大虐殺ぐらい) 勿論、当時は全然女子供を撃ち殺すこともあったんだろうけど、後年のフィクションにそこの現実味持たせなくても…ってな〜〜 村を襲い、物資を奪い、エンジェルを傷付けた軍や将軍達がいくら悪だとしても、そこにいる無実の女子供をパイク達が傷付けて良い理由にはならんし〜〜(女子供が死んでる直接的な描写はなかったといえ、あんなに軍人以外にも大勢人がいる場所で機関銃ぶっ放すのはちょっと……) だし、序盤の禁酒組合が通りかかる所で銀行強盗→無関係の人々を巻き込んで銃撃戦…も結構ドン引き(あそこはパイク達だけの責任では無かったにしろ……) そういう、お約束的に普通は描かない所を描くことによってより非道に、リアルにしたかったんだろうけど、自分はちょっと受け付けなかった。。。これらをちゃんと悪いこと/良くないこととして描いてるなら良いけど、そこまでは描ききってないし…… 時折スローモーションが入る編集も面白いが、あんまり連発するとやっぱ良さや面白みが薄れて飽きるから、やるならココぞ!という所で出すのが自分は好き(バーフバリの映像でも同じこと思ったけど)。 最後の見せ方も面白いが…オマージュ元の七人の侍の方が見せ方は上手いな〜と。 時代に取り残された男達の哀愁漂う悲劇……という点では、明日に向かって撃て!の方がやっぱ完成度高いなとも思った。明日に〜ほど物語がシンプルでもキャラを掘り下げるでもなかったからな〜〜(この時期の似たテーマの西部劇という点で)(明日に向かって撃て!が好きすぎるのはあるけど) 悪い映画ではないです。特に最初の子供達が沢山の蟻の中にサソリ入れて遊ぶシーンなんてめちゃくちゃ皮肉効いてて良かった(あの子供達の笑顔を大きく映すカットも良い) けどなんかnot for meだったかな〜〜
J.T.Hammer
2.5
以前から一度は観ようと思いつつ、なんだかんだと先延ばしにしてきた「ワイルドバンチ」をようやく鑑賞。ペキンパーの最高傑作として推す声も多く、期待は膨らんだが、かなり落胆させられる出来だった 冒頭と終盤の銃撃戦では如何にも「血まみれのサム」らしい切れ味が光るものの、要となるストーリーの描写が不足しておりカタルシスに欠ける。かつて、或る盗みの件でしくじり、現場から逃走したパイクと捕縛され監獄へ送られたソーントン。そのふたりが、前者は流れ者一味のリーダー、後者は彼らを追う賞金稼ぎとして向き合うのが本話の核になると思うのだけども、パイクとソーントンの双方が相手に対し、過去の経緯を含めて、どんな感情を抱いているのか、そこがさっぱり見えてこない。特にソーントンの人物像が不鮮明なのは大きなマイナスだ 普通に考えれば、自分だけ臭い飯を食わされる羽目になったソーントンがパイクを恨んでいてもおかしくはないし(フラッシュバック的に挿入される回想シーンでは、ヤバいと勘づいたソーントンがパイクへ忠告するも聞き入れなかった様子あり)、メラメラと復讐心を燃やしていてもいいはずなのだが、ソーントンの言動からはそんな素振りがほとんど窺えない。クールな男と言ってしまえばそれまでだが、物語を展開させるうえでは彼の冷静さが足枷になった気がしないでもない 傲慢な将軍率いるメキシコ政府を交え、「三つ巴」の形勢を呈すアイディアは面白い。ただ、ここでもソーントンら賞金稼ぎは蚊帳の外に置かれた感が否めず、最後は強盗団とメキシコ軍によるバトルだけで終わったのは非常に勿体ない 仮に私が演出・脚本の担当者なら、ハイライトはパイクとソーントンを共闘させ、将軍たちを倒したのちに対決。撃たれたパイクを尻目に立ち去るソーントンの後ろ姿をローアングルで捉えてエンドマークとするだろうか。あまりに流れがベタすぎて、移り行く時代の「滅びの美学」とはかけ離れてしまうが (2024-4)
maco
보는 중
時代に置いていかれた男たちの、泥くさい血みどろの西部劇。適役の将軍の嫌らしさも印象的だ。ヒーローがどこにもいない感じがいい。
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