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この映画「シャイン」は、オーストラリア出身の実在の天才ピアニスト、デヴィット・ヘルフゴットの半生をモデルに、苦難を乗り越え、演奏家として再起するまでを描いた感動作だ。 どこか未熟な感じのする大人の男が、雨の降る夜、カラス張りの店をドンドン叩いている。 舌をもつらせ、人生観をボソボソと口走るこの男の、あまりに無邪気で純粋な雰囲気に、レストランの従業員は同情して彼を中に入れる。 男がそこにあるピアノの鍵盤をたたき出した瞬間から、客の目の色が、みるみる変わっていく。 一体、この男は何者なのか? 激しく美しい音色を響きわたらせる変人の正体は?----。 この映画「シャイン」では、のっけから刺激的な主人公の個性と神がかり的な演奏で、強烈に惹きつけられてしまう。 これほど、一級の音楽映画でドラマチックな展開をオープニングから予測させる映画も珍しいと思う。 やがて、現代の"セラピードラマ"らしく、幼い頃の回想シーンへ----。 男はかつて、天才ピアニストとして将来を約束された少年だった。しかし、音楽を解する父親は、息子のレッスンに協力するものの、常に支配的な関係を望んでいた。 そして、息子にとって、最大のチャンスであるアメリカへの招聘に応えることを、自分自身で決意した時から、父親に勘当されてしまう。 "親の勘当"とは、通常、子供にとってマイナスの要素があってこそなのだが、ここでは自分の思い通りに動かない子供に、背を向けるという形で親の姿勢は貫かれる。 この愛し方を誤った父親は、いわば"自己愛人間"そのものだ。自分の都合の良いように相手をコントロールし、傍におこうとするだけで、子供の意志や心をないがしろにしているのだと思う。 こうした親の不幸な愛を背負う若者が、現実の社会でも少なくないと思う。 それでも親を嫌いになれないのは、子供の哀しい性であり、何とか親の愛を得たいという気持ちがあるのに、それが果たせない時、心に大きな傷を残すのだと思う。 この作品は、アイザック・スターンにも認められるほどの天才でありながら、心の傷が埋められず、精神のバランスを崩してしまう男の物語。 その痛ましさが、何とも愛おしく感じられてくる。 デヴィット・ヘルフゴットという実在の人物をモデルにしたことから、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番が、本人の手によって見事に奏でられる。 この"狂的な妖しく美しい響き"とヘルフゴット自身の"心の叫び"が、競うようにドラマを盛り上げていく。 天才アーティストの愛の渇望は、とりわけナイーヴに扱われやすいが、この作品では異常をきたした主人公の、残された才能と限りなくピュアな気持ちに入り込んでゆく女性が現われ、愛に発展していく----。 後半、意外な恋愛関係に向かう二人の組み合わせも新鮮で、ありきたりな恋愛観を吹き飛ばす心地良さを感じてしまう。 そして、後味も爽快で、すこぶるいい。 スティーヴン・スピルバーグ監督がこの映画を観て、10年に1本の傑作だと唸ったらしいが、私にとっても、この映画は観てきた映画の中でもベスト10内に入るほどの作品だ。 主人公を演じたジェフリー・ラッシュの人間の感情を自由自在に操り、人間が持つ根源的な哀しみを見事に表現する、その本物の演技の凄さに、完全に魅了されてしまった。 尚、この映画の演技でジェフリー・ラッシュは絶賛を浴び、1996度の第69回アカデミー賞の最優秀主演男優賞、同年のゴールデン・グローブ賞の最優秀主演男優賞(ドラマ部門)、NY映画批評家協会賞・LA映画批評家協会賞・放送映画批評家協会賞の最優秀主演男優賞、英国アカデミー賞の最優秀主演男優賞・音響賞をそれぞれ受賞しています。
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