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星ゆたか

星ゆたか

3 years ago

3.0


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Plan 75

Movies ・ 2022

Avg 3.3

2023.3.16 超高齢化&少子化社会の抱える歪みに着想を得た。 早川千絵監督(76年生まれ)、倍賞千恵子さん(41年生まれ)の主演による映画だ。 近未来の日本社会制度では。 75歳以上の高齢者は生活の困窮などの理由で自身の寿命を、自らの意思で決めて欲しいと政府が取り決めた。 役所仕事の一環で、生活保護の申請するコーナーと共に設置されている。 しかしどちらかというと【PRAN 75】を推奨する。 申し込み者には一律10万円が支給され。 原則として火葬代・合同埋骨無料。後の住居管理もやってくれるという。 また申し込みして途中で気が変わった場合、取り消しも試行前なら受けつける。 そのために試行日まで一週間に一度、電話で15分間の“お話し相手”(死にたくない気持ちを起こさせない取り組み)がなされる。 映画では倍賞さん演じるミチ・78歳は、それまでのホテルの清掃の仕事を解雇され、身内もなく新たに仕事も着けず仕方なく覚悟を決め、この制度を申し込む。 そして内密にお願いして、その電話担当者(若い女性)に一度だけ、思い出のボーリング場に一緒に行ってもらい、楽しい一時を過ごす。 けれど本当は、管理施行者と利用高齢者が直接相対すると“情が移る”という理由で禁止されているらしい。あくまでも電話応対だけがここでは基本。 ミチさんは10万円の使いみちもないからと高級お寿司をとって食べた後。この思い出作りにお金を使う。 映画の中では、主人公らの高齢システム利用者二名と、若い施行職員主に二名とが、私感情が入り込み“戸惑う”様子も描かれる。 前記のミチさんと担当者がその一つで。 あとは利用者が担当者(青年)の叔父さんだったので、いつものように業務的に済まされなくなったのが後者の例。 それとフィリッピンから単身出稼ぎに来ているマリアという女性も管理側の人間として描かれた。 彼女はそれまで老人介護施設で働いていたが、故国にいる幼い娘の心臓手術のお金のために、このシステム完了者の遺品整理の仕分けの仕事などを受け持つために転職して来た。 50代おぼしき男性と二人でその仕事を淡々とすすめる様子は。 あのホロコースト映画で描かれた、ナチ収容所の殺されたユダヤ人の金目の物を(時計や眼鏡や貴金属)分けている図を彷彿させる。 男性は平気で遺品の眼鏡と自分の掛けているのを取り換えるが、マリアは遺品の財布の紙幣に思わず手が止まる。 この映画で気になった所では。 国のこの法制度を発案し認めた政治家の年齢は、基本的には75歳前の自分とは無関係の人達だろうから。 そのシステム管理施行する仕事は国の財政のために必要不可欠と考え、何の疑問もためらいも感ぜず仕事としてこなしている。その中年世代の人達の所だ。 若い担当者が年配者に情を感じ戸惑うのとは大違いだ。 また一部には、そんな制度に切実に反発する庶民の、“正常な反抗無言行為”も描かられる。 ここは国のこの法律制度を取り決め施行する人達が、仮に75歳を過ぎても生活し続ける上で、貯金も保障もあり、金銭的には何の不安な問題もないからなのであろう。 だから人としての思考感情がマヒしているとしか思えない。 以前鑑賞した「ブレスしあわせの呼吸」(17)時のレビユーでも触れたが。 あの16年の障害者施設の介護士の殺人事件の、『役に立たない人間無用論』を再び考える。 何でも一人で出来る内は、他人の存在は時に、うっとうしいと感じるかも知れない。 しかし相手が自分を必要と考える時、人間関係が生まれる。 そして相手のために自分が生きた時、喜びと生き甲斐が生じる。 「ぼけますから、よろしくお願いします」(18年、22年)で100歳近くまで90過ぎのお母さんを世話したお父さん。 『若い人に甘えるのが社会参加』と言った。介護を上手く利用しつつの生き方の推奨。 お互いが出来る範囲の中で、相手を思いやる気持ちを生み出してくれるのが高齢者。 またその長い年月で経験した“知恵”を持っているのも高齢者。 核家族化で幼い頃から高齢者と共に暮らす経験のない人間が成長すると。 こういった「PRAN 75」のような発想が生まれるんでしょうね。 机上の数字論で、人間の良心を忘れた 取り決めを断行しようとする。 コロナ禍で一時見失いがちだった、暮れ盆や彼岸の墓参りなどの故郷への帰省。 祖父母と身内との送迎の美しい光景が、また甦ってきた。 監督は本作を『自己責任論が幅を利かせる社会で、弱い立場の人達がどんどん不寛容な状況になっている。そんな発想から生まれた物語です。』と言う。 映画の中で高齢者が、爪きりのクズを観葉植物に与えたり、玉子を冬の窓の外に置いてみたり。 まだまだ我々の知らない生活の知恵や、昔あった慣習の残していきたいこと。 また体験から語り引き継いでいきたい話など。 子供と高齢者の関係だけでなく、若者・中年世代との交流で互いに得るものは限りなくあると思う。 あの私にとっては「男はつらいよ」シリーズの“さくらさん”の姿が焼きついている倍賞千恵子さん。 本作は役柄的にちょっと寂しい。 あんなにオイチャン、オバチャンに優しく接して生きてきた女性が、年老いてこんな人生の終末を迎えて欲しくないという思いが、どこか心の隅にある。 また題材的にはその昔。 姨捨山(おばすてやま:信州に駅もある)に70になった年寄りは長男に背おられ、食いぶちを減らすために捨てられたという習慣の伝説があった。 「楢山節孝」という深沢七郎原作の小説(56年)が二度に渡り映画化された。58年の木下恵介監督。83年の今村昌平監督作品だ。 プラン75ではなくプラン95なら考えてもいいかなという声もあった。 安楽死や尊厳死という意味ならありか。 奇想天外な発想ということなら。 お金持ちの人なら宇宙飛行機で、 『天国行き』というのはどうだろうか? 片道飛行で行ったっきり。 廃船になる宇宙飛行機で37人位の人達(別にこの人数にこだわりはない)が、宇宙の果てに向かい旅立つ。 この世上からサヨナラする。 そして高い丘に築かれたメモリアル塔には、名前と出生と旅立ちの日が記録されていて………。 本人も関係者も納得の上でなら、まったくあり得ない話でもないような気がする。 宇宙飛行機で大気圏外空間を就航するデラックスチケットを、千数百万円支払い 取得する人達が実際いらっしゃるんだから。 でも問題は、老後資金のない高齢者に係る財政なんだから……。 このプラン駄目かぁ~っ。