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星ゆたか

星ゆたか

2 years ago

4.5


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Stagecoach

Movies ・ 1939

Avg 3.5

2024.1.15 BS231放送大学視聴(三度目) 原作はアーネスト・ヘイコックス(“Stage to Lordsburg”ローズバーグ行き駅馬車) 脚色をダドリー・ニコルズ 監督はジョン・フォード(1894~1973)4度のアカデミー監督賞受賞。(西部劇の神様とは言われるが受賞は西部劇ではない) 今回宮本陽一郎教授の解説で何故この作品が名作と言われるのか!? また一つ意味深く受け入れる事が出来ました。ありがとうございました。 まず原作の中の地名Lordsburgだが。 Lords(神)burg(町)という意味があるそうで。 訳ありの9人の客を乗せた駅馬車がトントの町から進むのだが。 特に乗客の二人、アル中の医者ブーン(演じたトマス・ミッチェルが助演男優賞)と娼婦ダラス(クレア・トレバーがこの作品では最高ギャラ15000ドル)は“市民生活を堕落させる”と言う理由で。町の婦人改革団体から追放される。しかしその先の“神の町”はとんでもなく。 酒と女と賭博の町であるから皮肉だ。 ちなみにこの婦人改革団体であるが。 1920年に禁酒法が施行された頃。 Ladies Low and Order(婦人法秩序同盟)なるものが出来、1933年に禁酒法が破棄されるまで続き。 日本ではこの時代の女性のこんな活動はおそらく考えられないと思うが。 アル中が家庭生活を崩壊させるという事で(娼婦の存在も“ついでに”?)運動の矛先にされていたらしい。 それから他の乗客たちだが。 ローズバーグに身内を殺され復讐の目的の脱獄犯のリンゴ(演じたジョン・ウェインはこの時のギャラは3700ドルでまだ二流扱い)。 それに旅の途中に赤子を出産する若妻。 賭博師、役人、酒商人、公金横領の銀行員、馬車の御者などからなる。 映画最大の見せ場といえば。 やはり、砂漠でのアパッチ襲撃の。 息つく間もない、スピードの疾走感の中で、繰り広げられる追撃戦の醍醐味だ! 実はこのハイライト的構図の絵画が 番組で紹介されたのだが。 それは1907年にフレデリック・レミントンによって書かれた絵の「平原で先住民と戦う西部の駅馬車」で。 まさに今日の映画なら、その絵画の静止画から実写に移行して見せるだろうなぁという。 そのまま動き出すような絵柄です。 それから教授の解説で、ジョン・フォード監督の映画美学の中に。 文豪アーネスト・ヘミングウェイの文体の思考が“カット割の編集”に見られるという点だが。 それは『自分の題材を熟知していれば、自分が知っている事を“省略”しても。 読者は作者がしっかり言葉を書いてくれたかの用に。強い感情を体験できる。氷山の動きの荘厳さは、水面上の8分の1から生まれる。』というヘミングエィの言葉を。 フォード監督の映画の中では。 〈ある登場人物の言動に、反応する他の人物の表情。〉 〈ある人物の動きの先を見せずに、他の人物の反応から結果を想像させるカット割〉など。 このようなセリフの少ない寡黙な人物のリアクションショットや。 強い感情を映像の積み立てと単純な動きで表現するなどで表現されているとの事。 これなどは例えば私の好きなフィンランドのアキ・カウリスマキ監督作品などの特色にも。 このような見せないで、結果を想像させ、府に落ちさせる演出があり。 それはジョン・フォードのこの映画を四十回以上見て研究したというオーソン・ウェルズ監督のように。 この後の世界の映像作家に多くの影響を与えたという事だろう。 その昔、西部劇でカウボーイとアパッチ属の戦いは。 善悪懲罰の世界で勝利の美酒に浮かれていれば良かった時代から。 現在は先住民を倒すという事は、人種差別主義を持って征するという事で、趣が明らかに変わってきた。 しかしながらこの戦前の映画制作にあたっても。 ジョン・フォード監督は先住民の土地での撮影では。 先住民の人達と話し合いと協力理解を持って進められたの事です。 また後のあの“赤狩り政策”の時の対応も含めて。 一人の人間としても立派な方だ。 また独特なモニュメントバリーの景観を世界の映画ファンに魅せしめた西部劇としても。 世界の映画史に残る作品である。 この年のアカデミー賞作品「風と共に去りぬ」公開は戦後1952年だったが。 「駅馬車」は戦前1940年に披露され日本の黒澤明.小津安二郎.溝口健二監督らにも絶賛されている。 翌年12月には太平洋戦争が勃発し米英の映画は上映中止になった。