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星ゆたか

星ゆたか

1 year ago

4.0


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Dark Eyes

Movies ・ 1987

Avg 3.4

2024.9.4 この映画の公開時の新聞広告が今手もとにある。 日本経済新聞の昭和63年(1988年)1月26日(火)で。 片面の上に中田耕治さんと林真理子さんの対談記事と品田雄吉(評論家)の評論文。 下はこの映画のポスターに朝倉摂さん、岸田今日子さん、黒澤明監督、安岡章太郎さんら推薦言葉が印刷されている。 私はこの新聞記事紙をレーザーソフトのデイスクの中にしまい込んでいた。 レーザーデイスクの再生機がないので。 この映画ソフトもその公開数年後に買い求めて。 それ以来見てないので。 今回WOWOW放送視聴は20年以上ぶり。 その前は1988年7月20日にビデオレンタルで初鑑賞となっている。 1988年キネマ旬報ベスト6位。 その年のベストテン入り作品では。 「ラストエンペラー」「ベルリン·天使の詩」「八月の鯨」「愛と宿命の泉」などが私も好きな作品。 ちなみに邦画は「となりのトトロ」「異人たちの夏」「さくら隊散る」などが。 このベストテン入りとか、何々賞受賞とかは、あくまでも参照基準の映画として。 やはり重要思していいと思う。 勿論中には自分の尺度に合う合わないはあるが。 それでもそういう基準で見続けする事は大切だろう。 やはり一流の作品、多くの人が評価した映画は、鑑賞者に刺激を与えてくれる。 さて本作であるが。 私としては「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲」「オブローモフの生涯より」「絆」「愛の奴隷」「太陽に灼かれて」などのニキータ·ミハルコフ監督作品の中の、やはり好きな1本。 87年のカンヌ映画祭でマルチエロ·マストロヤンニが2度目の主演男優賞受賞しています。 チエーホフの「犬を連れた奥さん」他3つの短編から三人の手による脚色化映画。 20世紀初頭のイタリアとロシアを舞台に繰り広げられる男と女の物語。 ギリシャのアテネからイタリアへ向かう定期船で。 新婚旅行中の初老のロシア紳士が、まだ準備中の食堂船室で。 1人ワインを飲んでいるイタリアおじさん(マストロヤンニの老けメーク)に声かけられ。 この男の8年前ほどの身の上話を聞かされる、その回想シーンによって映画が繰り広げられる。 主人公ロマーノ(マストロヤンニ)はイタリアの小さな食堂の末っ子で。 ローマの大学で建築学を学ぶ所で。 大銀行家の娘(シルヴァーノ·マンガーノ)と恋におち、娘の親には反対されるが、父親の病気で母親に文句を言われつつそこへ結婚で入りこみ、20数年。 その娘(マルト·ケラー)も結婚している。 ただ彼は銀行家になるでもなく、さりとて建築家にもならず。 無為と怠惰に埋没した時を過ごし。 あるきっかけから自身の人生の覚悟を強いられる事に。 その時、男性に添いながら生きてきた女性も。 そんな男性の本気度に現在の安定を捨てて掛けてみようと。 豹変する日常に傾きかけるも。 男の弱腰に、やはり破綻のない安定思考の日常に戻るという。 こういう男女関係のパターンがミハルコフ映画にはよく見られる。 この映画でも主人公は。 妻との結婚生活にない。 幸せ薄いロシア婦人に心ひかれ、妻と離婚し、再婚の覚悟を決めかかるが。 銀行が破綻し、家財道具屋敷共々整理する、どん底の彼女をやはり捨てきれず。 もとのサヤに収まる決断をしてしまう。 この決意をする後ろ姿のマストロヤンニの演技も見ものの一つ。 しかしこの物語は、語りでその後妻側の親戚の力で、盛り返したとあり。 結局この男は無為と怠惰の生活に戻り。 同じ旅人同士の語らいだったと思わされていた観客は。 思いがけない“落ち”を見せられる。 しかしこの男の一緒に生きて行こうの言葉を信じた女は待ち続けていたと、ネタばらしをさせるのが。 そこまでずっと聞き手であったロシア男性で。これは作劇の妙💫。 ここで男の恋話を聞いていたロシアの男は。 自分の昔から知っていた彼女は結婚したが上手くいかず離婚し。 そこで、彼はこの7年間毎年結婚を申し込んできたが。中々いい返事を貰えず。 やっと『私は貴方を愛しはしないが、尽くします』と承諾され結婚となったノだが。 この女こそ。 なにを隠そう〇〇とする所が実にニクイ脚本であった。 しかし映像の魅力。 イタリア上流階級のその屋敷·家具など。 一見、ルキノ·ビスコンテイ映画かを見ているかの出来で 、更に婦人らの衣裳とたたずまい。 いつもながら、そんな大人空間を自由に動き廻る子供達を映像に取り入れる雰囲気は楽しい。 またそこに、広大なロシア平原を移動するジプシー達の華やかな色合い民族衣裳らの動きとイタリアのそれらとの対比が。 この人生模様映画に奥行きを与えてる。 さてそこで、この物語の男女の恋話で思う事は。 主人公は普通の平民の暮らしからの出だから。 夫婦で共に家庭を作り上げていく相手なら。 無為と怠惰の生活にはならなかったかも知れない。 資産家の何不自由ない妻の財力で日常が賄われると。 自分の居場所、活躍する 能力を発揮する機会が生まれないから、結局彼は幸せから遠のくのかも。 ただニキータ·ミコルコフ監督は逆説的にいつも。 『人生は思いどうりに、いかないから愛おしいのだ』 という世界観から映画を作っているのかも知れない。