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星ゆたか

星ゆたか

2 years ago

4.0


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An Autumn Afternoon

Movies ・ 1962

Avg 3.6

2023.10.20 【座談会レビュー*第32回】 生誕120年・没後60年の小津安二郎監督の遺作です。 お集まり頂いたメンバーは星ゆたか、光ゆずる、風かおる、水すみかさんの面々です。 どうぞよろしく😉👍🎶ね。 (星)この作品の脚本を野田高梧(1893~1968)氏と長野の蓼科の山荘で書き始めた頃。 小津安二郎監督の最愛の母親が87歳で2月に亡くなり。 鎌倉に戻ってシナリオ執筆を終えたのが、7月末だった。 そして秋に撮影11月18日に公開となったそうです。 (光)脚本の野田さんとは仕事上でも、小津さんの監督デビューの「懺悔の刃」(25)と古く。戦後の作品「晩春」(49)から本作の「秋刀魚の味」(62)まで一緒ですからね。 よっぽど相性が良かったんでしょう。 小津監督はその共同脚本について。次のような言葉を残してます。 『二人で考えると、一つの場面の処理でも、あの手この手と手が3つも考えられる。その中から最良のものを選択できる。それに独り合点にならず客観視できるメリットもある。』と。 (風)物語は、いつもの娘の縁談に気をもむ親の姿を描いたものですが。 中学時代の恩師(東野栄治郎さん55歳の時で役柄は72歳)が妻を亡くした為に、娘(杉村春子さん53歳で47歳の役)を便利に頼り。 現在はしがない中華料理屋を一緒にやっていて。 嫁がされ仕舞いで後悔している姿に。 非常に感じる所があってというのが特徴的な作品ですが。 以前見た時の事を今思い返しても、 岩下志麻さんの文金高島田の美しさと共に。 何故か心に染み入るのは。 この結婚しそびれて、人生に疲れ、 昔は綺麗な娘さんと言われた事もあったのに。 人あたりがギスギスしてしまった、 杉村春子さんの中年の女性像が。 まさに“秋刀魚の味”の苦味って感じでしたね。 (星)そう、だから主人公(笠智衆さん58歳で45歳)も妻に先立たれ、 娘(岩下志麻さん21歳で24歳)と息子(三上真一郎さん22歳で21歳)の三人家族で暮らしてきて。 それまで手伝ってもらっていた家政婦さんが辞める事になり。 後がまが見つからない状態で、 娘が嫁に出るのは困るのだけれど。 しかしそんな事も言ってられないと。 娘の縁談を進めるんですよね。 (水)私は今回初めてこの作品を見たのですが。 その家族の姉弟の兄夫婦の団地住まいの。(佐田啓二さん37歳で32歳の役と、 岡田茉莉子さん29歳で28歳) その夫婦が冷蔵庫を初めて買うのに、 父親に50000円借用するとか。 冷蔵庫も掃除機も買ってある隣の 家庭事情とかが。 現代の感覚からはやはり不思議で…。 更にそのために夫が、自分の趣向の為に。 ブランドの中古のゴルフ道具を。 友人から買う話が妻の反対で買えそうもなく。 最初は膨れっ面でイラダチ気味だけれど。 その後毎月2000円ずつ10回払いにしてもらい、妻に『その代わり私も買うわよ、白いハンドバック!』と釘を刺されつつも。 夫が子供のように喜ぶ様子が。 いかにも〔高度経済成長時代〕前の日本を感じさせて面白かったですね。 (風)そうでしたね。 でもやっぱり、いつもの作品のように。 仲良し三人組の同級生コンビ(中村伸郎さん54歳、北竜二さん57歳と笠さんの)の仲間の酒談義の冗談の“カツギアイ”も愉快、傑作ですねぇ。 一つが若い娘のような後妻をもらっての“オノロケぶり”の男が仲間から。 その友達が死んだ事にして、お弔いの話を行きつけの店の女将に話し。 ちゃっかりその男が遅れてやってきたもんだから…。 女将に『やぁっですよ!』と。 もう一つは友達からの娘の縁談話が駄目になり、主人公の男が“がっかり😞💨する”のを面白がる、その“死んだ友達”にされた男を中心にした“やり返し”の、 まさにカツギアイです。 また他のエピソードとして。 昔の主人公の(笠さんの)海軍艦長時代の部下(加東大介さん51歳)と再会し。 バーで軍艦マーチのレコードをかけてもらい。 海軍式敬礼(手を顔の前に立てて。これは陸軍とは違い、船内の狭さからくる。)をしながら “同期を懐かしむ“様子は。 この時代の小津映画の特色の、 必ず戦争の影をドラマに忍ばせる作劇ですね。 (光)小津映画の出演者の話によると。 小津監督の撮影現場はきちっと朝8時に始まり、昼休みを入れて夕方5時には終了して。 『さぁ、これからはミルク(お酒🍶)の時間ですよって。』と。 それまでの水を切ったような静寂の緊張した雰囲気の撮影現場とは一変して。 にこやかな小津安二郎さんに戻ると言われていましたが。 演出としては、この作品は大写しの対話モンタージュの切り返しで。 カット数も900を越えたと言われました。 ローアングル撮影の為、畳の縁の横線を消す”座布団”の配置を助監督に。 画面ごとに指示したそうですね。 あとよく室内の画面の背景の壁に配置されている、小津さんお気に入りの絵画も。スタッフに鎌倉(南)に2センチ、東京(北)に2センチと指示し、全体のバランス構成から考えた小津美学を目指したという話です。 (水)それから岩下志麻さんの後日談によりますと。 50回テークの場面。 気にいっていた会社の同僚(吉田輝雄さん32歳)との縁談話が、時期のズレで。 駄目になったと父親から話されて、ショックを見せない風にする所。 うつ向いて顔を上げ、返事する表情 までだけの場面を延々とやり直されて。 新人だったので、何が悪いのか分からず、とても悲しく困ったと。 そしてこの場面に続いて、二階の自分の部屋に移っての場面も。 その哀しい気分をもてあそぶように。 机に向かい椅子に座り、洋裁の巻き尺を指先で、右手に三回、左手に二回、ほどいてまた右手に三回と巻き直し繰り返す場面での、その演出に。 同じように90回も。この時は監督に。 『志麻ちゃん、人間というものは悲しい時に、悲しい顔をするもんじゃないんだよ。そんな単純なもんじゃない。』と言われたと。 だからそれ以来、『怒ったシーンで笑うのは?、悲しいシーンでは泣かないのはどうだろうって。考えるようになり、私の演技の原点になりました。』と語っています。 だから“小津リズムに合うまで”やり直されたとも言ってます。 何でもない風に通り過ぎそうな場面での完璧主義!!。 この辺も見過ごせません。 (星)この作品の公開後まもなく監督は首に、違和感のある膨らみを感じて。 翌年の4月にガンセンターに入院して、切開手術とコバルト照射を受けました。 この頃監督は『オレはトウフ屋だ。ガンもどき(自身の首の悪性腫瘍を文字って)か油あげは作るが西洋料理は作らないよ。』と。 冗談まじりに語った時もあったそうですが。 その痛みと苦しみは相当なものだったらしく。 7月にいったん退院、湯河原で静養し 北鎌倉の自宅に引き上げましたが。 10月に再発し再び入院。 その苦痛に身悶えするほどだったらしい。 野田高梧さんや佐田啓二さんの一家(特に五歳の佐田貴恵さん、中井貴一さんのお姉さん。が来るのを生きがいのように楽しみにしていたそう)がよくお見舞いに行ったとか。 そして12月12日の60歳の誕生日に息を引き取りました。 まだまだこの監督の映画を見たいと思う人達は。 あの当時も現在も数えきれません。 だからこそ、今年全国で、また海外でも。その記念行事が目白押しなんでしょう。 さてそんな所で。この座談会を含め三回に渡り、小津映画の最終章における三作品を楽しんで参りました。 ご静読ありがとうございました❗。