
金木研

Perfect Days
Avg 3.9
ベルリンに舞い降りて、パリ、テキサスを流浪し、辿り着いたのは令和の東京。 これがヴィム・ヴェンダースの思う「素晴らしき日々」ですか。ふーむ。 終始違和感が付き纏う映画だった。 きっとヴェンダースが見る東京と日本人の僕が見る東京の姿は至極当たり前に違っていて、それでいて同じものを見ているという感覚もあり、良くも悪くも外国人が撮る東京の映画だったという感想に尽きる。 僕がニヒルで卑屈な性分なもんだから単に感性の違いの一言で説明できるものを捻くれて解釈してるのかもしれない。だとしても僕なりに反論したい。 いわゆる「パターン化されたエモ」とは少し違くて、でも明らかに東京という街での「多くは望まないけど小さな幸せを積み重ねる生活」が美化されている感じがどうも僕には受け入れ難かった。「それでも綺麗事だけで世界が回ってるわけじゃないよね」とでも言いたげに主人公の職業がトイレの清掃員というのもまたなんか、ね。 歳を重ねた分の人生に対する余裕や落ち着き。そういったものは自ずと身に付くのだろうけど、そんなものでは消化できないほど東京という街、そしてこの国には大きな影が根差している。 なのに平山という男はそうした環境に一切感化されていないかのような素振りで生きている。 こんな世界に生きていて、少しも狂っていないなんておかしいじゃないかと僕は思う。 でも狂っていないことがむしろ狂ってると思えるようなこの現実に辟易として、僕は嫉妬しているのではないか、とも同時に思えてきてアンビバレントな感情が心の中で渦巻いている。 作中で様々な事情を抱えた人々が登場するけど、皆何かしら不幸の種がある。平山にもそれがないとは言い切れないけど、根深い悩みを持っていない彼はヴェンダースの理想を生写しにした存在のように見えた。つまり金の心配もなくのうのうと生きていたいなあ、という。それはある意味誰もが憧れる生活なのかも知れないけど、その舞台として東京を選び、そしてこういう人物を描いたことで僕のような日本に住む日本人はどうも違和感を抱いてしまった。 事実として平山は自らこの裕福とは言いがたい生活を選択したことを示唆する描写があって、だからどこか幻想的で、楽観的でかつ不自然で、僕のような人間が不快に感じるに足る要素に溢れていた。 持たざる者が退路を断たれて突き進むしかなかった道を彼はあえて選択したという、金の心配がないからこその傲慢な行いに幻滅してしまった。持てるものが持たざる者の世界に理想を抱くというのが僕にとっては幼稚で浅ましく恥ずべき行為にしか見えない。なんというかノブレスオブリージュの欠如、自己陶酔の類のもの。 どうりで子供の手を拭く母親の悪意に晒されても動じない訳だと納得させられてしまう心の余裕に、我々一般人には手を尽くそうとも変えられない社会の構造が浮き彫りになっているように思えて黒いモヤが心の中に残った。ただ、ある意味それが東京という舞台の印象にぴったりで、外国人にもそれを見透かされているなぁという恥も同時に湧いた。 でもそういうものを日本に住む純日本人が撮ったら間違いなく批判に晒されると思う。それをあくまで幻想や理想のまま映像として封じ込められる部外者だからこそ許されているように感じる。 それでも決して悪い作品だと思わなかったのが面白いところ。色々とおかしいからこそ逆説的にこういった問題について考えさせられたのだから。 もう一つ言いたいのが柄本時生の演技が嫌い。ちょっと鼻につく奴は立派に演じてたと思うけど、いかんせんリアリティが無さすぎる。もっと控えめな演技だったら全然気にならなかっただろうに。彼の言葉を借りると10段階で言えば3。 あとは単純に露骨なスポンサーへのアピールがものすごくノイズだった。うまいこと紛れ込ませた感はあっても気になる人は気になる。こういう作品だからこそ余計に金の匂いを消して欲しい。嫌な気持ち。 こんなに心を軽くして生きられたら幸せだろう。僕はストレスに蝕まれているからきっとこういった生活が想像できない。金が結局全てであり、東京という狂った街で生活をするには金で心の余裕を買うしかないんだ。 僕はこの映画を拒絶する。