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星ゆたか

星ゆたか

4 years ago

3.5


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Never, Rarely, Sometimes, Always

Movies ・ 2020

Avg 3.4

2022.9.9 17歳の女子高生オータムは家族でレストランに食事に。 帰り際、近テーブル席の同級生の男子に無言で、コップの水を頭からブッカケた。 どうもここの所の体調不良は、この男との妊娠(?)に原因があるらしい。 しかしここ以外、そのことの結果についての、恨みごとや責任をこの物語の彼女は、最後まで一切触れることはない。望まぬ妊娠は中絶するしかないと彼女の中では、結論が出ている。 再婚の義父は繊細な心配りなど出来ない男で、話の半ばでセクハラすらあったかも知れないと勘繰れるほど。オータムの下にまだ三人姉妹がいて、母親にも相談できそうもない。 未成年者の中絶は親の承諾がいる。 アメリカは州ごとに法律が色々異なり、その中絶に関してもバラバラ。 宗教右派を核とする中絶禁止派が、再選を目指すトランプ元大統領の思惑と足並みを揃え、にわかに活気づいたと指摘されている中、この作品は制作されたとも言う。 物語のヒロインはその中絶のため、ペンシルベニアからニューヨークへ寒い冬の数日間旅へ出る。 従姉で親友(バイトも同じスーパー)のカイラーがそれこそ親身になって付き添ってくれた。旅の途中一度だけ感情のもつれで、喧嘩っぽくなるが、後は実に大人の頼れる対応だ。 オータムは人見知りで愛想もなくブスッとしてるが、カイラーは適当に人さばきも上手でちょっと見可愛いし、移動のバスの中で声をかけてきたナンパ男に、お金が足りなくなった旅の後半、ケータイし呼び出して貸してもらえた。この音楽好きな青年は映画の中で関わってくる男性で唯一まともな方だ。 最初の地元の診断では、妊娠10週目とされたのが実は、18週目で中絶手術も二日間掛けないと危ないとなる。そこで手術前の問診となる場面がこの映画の一つのハイライト。 画面は穏やかな声のトーンで次々に問いかける女医に答える彼女の表情。カメラは据え置き、ワンカット。約7分間流しっぱなし。ほとんど顔のアップ。 タイトルのNever(一度もない) Rarely(めったにない) Sometimes(時々)Always(いつも) この四択からなる答えで質問に応じてゆく。最後の方の質問『性交為を強要されたことは?』あたりになると顔が歪み目に涙も浮かんでくる。 それまで一切語ることのなかった妊娠するまでの日々、決して幸せではなかった様子が、この彼女の表情からにじみ出てくる。 きっと親にも頼れないこのような事情の10代の娘さんの苦しみを、これまでも穏やかな声の女医さんは数多くきっと和らげてきてくれたのだろう。 『手術の時も一緒にいて欲しい?』 と聞き、彼女が頷くとその翌日、不安な手術台のそばでグット手を握りしめていてくれた。しかも手術費用を保険適用で後に両親のもとへ、書類通知が届かない方法をも採ってくれる。 またヒロインが中絶手術するクリニックに入る所で、保守的なキリスト教団体のデモ行列に合う描写がある。 米国ではプロチョイス(中絶賛成)派と プロライフ(中絶反対)派の衝突の繰り返しの歴史があるという。 長い間映画やドラマでは、一度は中絶を検討したとしても最終的には子供を持つことが大切で美徳ともされてきた。今日の日本の現状などはいかがなものか?  米国では妊娠した女性の四人に一人が中絶する状況だという。 リプロダクティブ・ライツ。 (Reproductive Rights) 性と生殖に関する個人の自由と法的権利という言葉があるという。 一時トランプ政権下でこれが悪化した環境下で、この作品のような中絶の葛藤より、そのプロセスの困難さに目を向けた内容の映画が生まれた。 しかし日本映画の「朝が来る」(河瀬直美監督・20年作品)でも感じたことだが。 一方で子供が欲しくても出来ない夫婦のために、養子縁組の制度がある。そこでは望まぬ妊娠・出産の果て、中絶ではない方法が採られる。 子供を育てる自覚がない両親のもとに誕生した人間の運命は、それはそれで新なる人生を生み出す。 この映画でも最初のペンシルベニアの妊娠センターでは、超音波検査(エコー)で胎児の姿を見せ、さらに中絶を考え直せようとする映像も続いて見せる。 そしてあの日本映画でも今回の作品でも、責任の大半のある男性がまったく見えてこない、握りこぶしの生まれる腹立たしさである。これは同性の私がそうなんだから、当人の女性側の憤りはいかがなものか? それも昨今の♯Me Too運動のうねりに繋がっているのだろう。 しかし一方で綺麗ごとを言ってられない、緊急性に応じるための中絶手術断行という現場が存在する。 ほとんど二人の若い女性と数日間密着し同行するような映画で、そのようなことを色々考えさせてくれた作品であった。