
渡邉ホマレ

Godzilla
Avg 3.1
前提として。 怪獣映画は劇場のスクリーンで鑑賞しなければ魅力50%落ちですね。 仕事の合間(サボり)に神保町シアター「シン・ゴジラ映画総進撃」にて鑑賞してきました。 このイベント、ローランド・エメリッヒ監督の『GODZILLA』は上映されないんですよね…。個人的には「そんなに邪険に扱わなくても…」思うのですが、確かにリスペクトの欠片もない作品ではありました(いくつかの日本版にもあったとおもいますけどね…)。 さて、2016年7月公開『シン・ゴジラ』を除くと現状最新作となる本作。 しかも「初の」(ってこコトなの?)ハリウッド超大作として、世界中でヒットした作品です。 世代や思想によって異なる「ゴジラ」の定義。 「ゴジラ」とはどんな映画か、を世代の異なる友人と話してみたのですが、かなりバラバラですね。 特に第1作を観ていない人がほとんどで、「ゴジラ=原爆」としてとらえている人はほとんどいませんでした。 その上で分類しますと、 ・「ゴジラ=怪獣プロレス」としてとらえる人にとっては、本作はゴジラの出演シーンが物足りない。しかし入場シーンは素晴らしく、歌舞伎の見栄切りの様な初咆哮シーンは感動的。得意技のシーンもインパクト大で、それだけでも観る価値がある。 ・「ゴジラ=巨大な破壊者」としてとらえる人にとっては、本作のゴジラの立ち位置は微妙であり、どちらかというと「平成ガメラ」に近いです。逆に「東映チャンピオンまつり」や「平成VS」シリーズをメインに体験してきた人にとっては、たまらない物があるのではないでしょうか。とにかくゴジラを大きく見せるのが上手い! ・「ゴジラ=歩く核兵器」としてとらえる人=第1作目を至上とする人にとって、本作の期待値はかなり高かったようです。 ギャレス・エドワーズ監督の前作『モンスターズ』の描き方や、公開以前から『ゴジラ』に対するリスペクトが伝わってきて、それが期待値に拍車をかけたかんじ。 実際、本作の冒頭は日本の原発を舞台としていたり、人名などにも、確かに日本へのリスペクトや気遣いが感じられはしました。 しかし、日本への確かな気遣いと共に感じられたのは、未だ変わらぬ勘違い日本描写の連発(笑えるレベル)と、思っていた以上に変わらなかった核描写(笑えないレベル)。そして日本描写以上に向けられていた、「原爆を落とした国」米国への配慮…。特にゴジラと核実験の関係性には、冒頭からがっかりさせられる人も多いのではないでしょうか?原子炉に関する解釈も正直間違いだらけだし、核爆発に対する解釈も、「ギャレス・エドワーズをして未だこの程度なんだ…」というレベル。 しかし米国でノーカット版の『ゴジラ』が見られるようになったのが2004年という驚くべき事実を踏まえると、全責任をフランスに押し付けていたエメリッヒ版よりははるかに前進しているため、コレを許せるか許せないかは大きいと思います。 私個人として、ゴジラに関わらず怪獣映画に求めるものは「巨大感」です。 そういう視点から観た本作は、冒頭に書きました「スクリーンで鑑賞すること」を前提に大変満足。なかなか姿を見せず、ジリジリさせられるのもキライでは無いですし、マッチョにビルドアップされたデザインもコレまでで一番実在感があって最高。何より、核云々の解釈はともかく、ゴジラを大切に扱ってくれている制作側の熱意が伝わって来て大好きな作品でした。