
星ゆたか

Corpus Christi
Avg 3.4
2022.8.11 『神のご加護を』と声を交わす人々。キリスト教の信仰心を生活の指針とする人達にとって、それは『こんにちは』と挨拶する言葉と同じ。ただその挨拶に“どうぞ幸せでありますように”と、相手を思いはかる気持ちが添えられる。 少年院から仮出所し、製材所で社会復帰するための更正労働に就く筈だった主人公の青年。 ひょんな所から思いがけず神父に奉られ、〔告解〕や〔ミサ〕などの業務をこなさなければならなくなる。 衝動的・刹那的行動での犯罪歴から少年院に入る身であったものの。 もともと純粋な神という観念に、傾倒する気持ちもあり、少年院に説法に訪れる神父にも信頼を得ていた。 『神学校に進みたい』という希望も“犯罪歴ある人間は駄目”と説得されてもいた。 だから現実に急きょ対面した聖職の仕事。仕方なくスマホや本の手引きの情報で何とかやりすごす。少年院で神父の説法の時、代表で聖歌を独唱する特技が身を助ける場面(聖堂で信者に先立ち、そして共に斉唱する)は、思わず笑ってしまう。 ただ初めての“告解”の母親が、煙草を止めぬ12歳の息子をつい叱ってばかりいる自分に。『もっと強い煙草を勧めれば、おそらく吸わなくなる。そしたら一緒にサイクリングに行きなさい』と語り涙ぐませる辺りは見事なもんだ! その町では十数カ月前、悲劇的交通事故があった。二台の車、一人と六人のそれぞれの運転手と乗客の全員が亡くなる衝撃的事件だった。残された遺族は、その持って行き場のない悲しみの感情を“怒り”に変換し、そのホコサキを、一人の対抗車の運転手の妻に向けていた。 しかし第三者の傍観的立場の、“偽りの神父”が涙を遺族のために流し、心を寄せあって上げられたために、少しずつ彼らの悲しみと怒りの感情が癒されていく。内に押さえ込まれていた感情を、外に吐き出す奇妙な神父伝達の行為も実施する。 そんな中特に一人の遺族の母親と娘、神父の世話役をすることで悲しみを乗り越えようとしていた彼女らと親しくなる。母親は頑なに事故を犯罪として、あの相手方の妻を同じ悲しみの被害者の遺族として認めてなかった。しかし娘は事故で亡くなった兄の葬儀に、薬にラリッテいて参列しなかった弱味もあり。 またその一方で、事故の前にその兄から運転していた仲間が、酒を浴びて飲んでいるスマホ映像を送ってきていた事実を得ていたために、これは相手方だけを責められないと思っていた。その辺の事情を周囲に話さないので誤解も受けた。 またその相手方の妻も“偽りの神父”の心の寄りそいのお陰で。 『実はあの事故の前、夫婦喧嘩をして夫は、死んでやる』と言っていたと素直に告白できた。 愛は頑なな凝り固まった怨みを氷解してくれるのだ。 映画はこの主人公の不安程な立場、いつ偽物の神父であるか露呈するかのサスペンス。製材所でかつての仲間を見た時のショック!などを見せつつ。 また別の所で、そんな過去の前科で未来に希望を持てない彼が、聖職の行いをナゾルことで、心の中に神聖な祈り(神との対話)が覚醒していき、その一瞬でも過去の呪縛から解放されていく様子を見せ、自由で魂の震えるような喜びの感動を観客に与えてくれた。 ただ現実は更に、単純に人間再生できない環境からの試練が新たに待ち受けている。 血まみれで激情な姿の開巻に巻き戻ったような幕切れ。 このむき上げた眼差しからの、 彼の歩みの先に見えるものは? 果たして‥‥“神のご加護を” ( “God save you!” )