
Till

Black Book
Avg 3.6
オランダの奇才ポール・ヴァーホーベンが監督を務めた戦争サスペンス映画。 『ロボコップ』や『トータル・リコール』、『スターシップ・トゥルーパーズ』などアメリカで数々のヒット作を手掛けたヴァーホーベンだったが、『インビジブル』の制作時にスタジオ側が望む形で映画を作らされたことに不満をもち、本当に自分のしたいことをするために母国オランダへ戻って一発目に撮ったのがこの『ブラックブック』。ハリウッドのしがらみから解き放たれたヴァーホーベンの面目躍如たる素晴らしい作品だった。 本作は第二次世界大戦時下のオランダのハーグで幼少期を過ごしたヴァーホーベンが描く本格的な戦争映画なので、いつものおふざけは抑え気味。ただ、“ヴァーホーベンイズム”が希薄になっているかと言えばそんなことはなく、他のナチス映画とは異なる独自のアプローチで物語を紡いでいる。それは、敢えて「ナチスとレジスタンスを勧善懲悪の構図に収めない」というもの。 ユダヤ人である主人公のラヘルはナチスに家族を皆殺しにされ、その復讐を果たすためレジスタンスに仲間入りする。ナチス内部の情報を探るために彼女はナチス将校ムンツェに近づくのだが、このムンツェという男は知的で品があり、ユダヤ人にも理解のある非常に魅力的な人物だった。その一方で、レジスタンス側には自身の利益のために仲間を陥れるとんでもない「裏切り者」が紛れ込んでいたのである。“悪”であるはずのナチス側にも“善人”がいるのと同様、“善”であるはずのレジスタンス側にも“悪人”が潜んでいることだってあり得るのだ。 確かにナチス自体は擁護のしようがない悪であり、糾弾されるべき存在であるのは間違いない。それゆえに、エンタメ作品において悪役として登場させることもしばしばあり(特にヒトラーは)、もはや「ナチス映画」は一つのジャンルになりつつあるだろう。しかし、本当にナチス全員が悪人で、レジスタンス全員が善人だったのだろうか。そんなに単純な話で片づけられるのだろうか。この映画はそうやって人間を“善と悪”の二元論で定義することの危うさをあぶり出す。 物語が二転三転し思わぬ方向へと進んでいくサスペンスや「裏切り者は誰か」というミステリーとしての見応えも抜群で、主人公がナチス党本部に潜入するスパイモノとしてのスリルも満点。そしてどんなに絶望的な状況でもしなやかに、力強く生き抜く女性のドラマには心を打たれた。反戦映画として痛烈なメッセージを発信しながら、これほど素直に面白いと言えるエンターテインメント作品はそうないだろう。ヴァーホーベンの卓越した展開力と演出力が冴えわたった映画史に残る大傑作だと思います。