
星ゆたか

Everything Went Fine
Avg 3.5
2025.5.2 「スイミングプール」(03)でも一緒の脚本家で友人関係だった。 エマニュエル·ベルソエイム女史(1955−2017)の自伝的小説を。 生前から依頼されていたが。 女史が亡くなった事と。 自分が50代になった所もあり。 フランソワ·オゾン監督が映画化。 彼はこれまでに、「まぼろし」「ぼくを葬る」と。 二つの作品で《死にまつわる映画》を制作している。 いわゆる《安楽死·尊厳死》を扱った内容である。 50代の作家の娘の80代の父親が脳梗塞で倒れ。 不自由な身の上に困窮し。 『死なせてくれ』と懇願される。 フランスでは法令上『安楽死』が認められてないので。 調べた所、スイスに❲尊厳死支援協会❳なるものがある事を知る。 そこで音楽関係の仕事をしている妹とも相談して。 その手続きに協会の役員の婦人を招きだして。 決意を変えない父親の意向に添って(嫌々ながら)事を進める事に。 主人公の作家の姉娘をあの「ラ·ブーム」(80)のソフィー·マルソー(66年生)。 その妹娘役にはジェラルディン·ペラス(71年生)。 頑固な父親にはアンドレ·デュソリエ(46年生)。 また母親にはオゾン監督作品にはお馴染みなシャーロット·ランプリング(46年生)。 スイスの❲尊厳死支援協会❳の婦人役には、あの「マリア·ブラウンの結婚」(79*ライナー·ヴェルナー·ファスビンダー監督)のハンナ·シグラさんが(どこかで見た気がした)。 一般的には脳梗塞等で不自由な身の上になった者は。 治療とリハビリなどの医療体制に委ね。 身内は出来る範囲で介護にまわるのが通例で。 物語の85歳になる元事業家で現代美術コレクターであった父親も。 医療スタッフに励まされながら。 椅子に腰掛けられるまで回復する。 妹の(息子)孫の音楽発表会を見るまでは、『死ねない』とか。 元気だったころ通ったレストランでの会食も実に楽しげだ。 しかし決断は変わらず年を越えた4月27日の《安楽死》決行日に向けて手続き準備を進める。 確かに劇中老父の言葉に。 『生きると延命は違う』とあり。 多くの人が『延命治療はしないで』と。自然死を望む声を上げる。 私の父親は70代で初めての脳梗塞をお越し。言語障害はなかったが右半身にマヒが残り。 それでも、最初は自身杖をついて歩いて近くの病院のリハビリにも通っていた。 その後3度目辺りからは、特に90近くの亡くなるまでの2年は病院で寝たきり。 遺漏生活というチューブから栄養をとる状態で。 身内との会話も出来なくなっていた。 それでも私は見舞いに度々訪れ話かけながら。 思う事は『人ってこうやって死んでいくんだという過程を見せてくれ』。 しかもその間お別れの時間も用意してくれて。 まさに『ありがとう』という気持ちだった。 本人は(こんな迷惑をかける位なら)“早く死なせてくれ”って思いだったかどうかは分からないが。 この映画の老父はゲイでもあったらしく。 病院にも度々電話をかけたり、訪れようとする60代の友達がいた。 姉妹からもけなされ、本人も一年前に蹴飛ばされ足を怪我してからは。『会いたくない』と言っていた。 そんなかんなの事情で、昔から妻の親族から(結婚を反対され)良く言われてこなかったので。 『墓は別に』と拒絶し、今度のお別れも知らせなかった。 その妻は著名な彫刻家であったが、パーキンソン病と鬱を患い面会の病院でも。 表情は暗い。2人は長年別暮らしで。 娘は『何故離婚しなかったの?』と聴く。 すると一瞬表情を和らげ『愛してたから』と応えた。 一度最終日になって何者かに警察に『安楽死』件が通報され。 決行は暗礁に乗り上げるか? となったが。 何とかなり。 スイスから無事苦い100cc の安楽死用飲料も飲み。 協会の人間は手を貸す事なく、静かに側で見守り。 ブラームスの音楽に送られ。 眠るか如く『召されました』とフランスで。 待つ娘に連絡が入り、映画は幕となる。 映画の中で娘は協会の婦人に聞く。 『土壇場になって意思を変えた人はいましたか?』 『はい、お一人いらしゃいました。末期の病の老夫で、若い妻の赤い洋服があまりに美しくて。考えを変えて、2人で帰っていきました。』