
星ゆたか

The Drudgery Train
Avg 2.9
2022.12.21 やや破天荒な印象の芥川賞作家・西村賢太氏(1967~2022)が、今年の2月にタクシー乗車中、心疾患で54歳の生涯を閉じた。同氏の自伝的内容の受賞作品。 受賞(2011)の報告を聞いての一声。『風俗に行こうと思っていた』は有名。 監督は山下敦弘さん(1976~) この年のベスト6位。主演の森山未來さん(84~)が主演男優賞。 脇役として高良健吾さん、前田敦子さん、マキタ・スポーツさんらが好演しています。 物語は1986年19歳の主人公・北町貫太と同年齢の日下部正二と、貫太が恋する桜井康子の三人を中心に進められてゆく。 貫太は11歳の時父親が性犯罪で逮捕され、そのため家族が離散。彼も中学卒業後、家を出て以降、日雇い労働者としての生活が現在までに至る。 運送会社の車両の荷物の積み降ろしの肉体労働で日当5500円。その大部分を酒と風俗店通いで使い、安アパートの家賃4ヶ月滞納で度々催促警告され、仕舞いには早早に出て行ってくれとまで言われている。中卒という引け目を跳ね返すかのように、好きな読書で覚えた理屈を、会話の“毒”として時に爆発させるので、普通の“青春の喜び”関係を持続できない。 アルバイトで入ってきた専門学校生・日下部正二とも一時は仲良くなり、酒や風俗にも付き合わせ、アパートを追い出されたため必用になった金5万円も貸してもらう。さらに好きな古本屋のバイトに来ている、読書好きな女子大生・桜井康子に、“友達”になって欲しいと中継ぎまでしてもらい、初めて青春の喜びを味わう。 アパートに帰りその喜びを全身で表す場面。『ともだち、友達、友だち』と踊りながら右、左に動く姿を、直接的でなく外から窓ガラスに写るシルエットで見せる所がイイ。 また彼ら三人がまだ肌寒い海辺で裸でハシャグ、つかの間の元気な若かい交歓ぶり表現はお馴染みだが、特にそれまで人並みの、年頃ならではの喜びに無縁だった貫太のような青年には、思わず“良かったね”という気持ちで見てられた。 しかし正二の連れてきた彼女との一般の学生談義に、自分の方が康子ちゃんに彼がいると聞いて“友達付き合い”が解らずイライラしているものだから、その会話の毒が炸裂、正二とも絶縁されてしまう。 よく初対面の人の相手の印象に。 『育ちのいい』感触に抵抗感を薄れさせてもらうことがある。両親・家族の、さらに友人らとの愛に包まれて素直に成人した人と、例えばこの物語の主人公のように。 屈折した環境で、普通なら自然に身に付く人との、接し方・付き合い方が分からない人間との違いである。 貫太は正二と共に日頃の働きぶりが認められ、昼食の待遇や賃金の差のある館内の倉庫見習いに昇給するが。 先輩格の高橋という歌自慢の中年労働者が、勤務中フォークリフトでの怪我をしても、社員でないので労災の適用にならない現実に、正二との仲違いのこともあり、自ら元の荷物運びの仕事に戻ってしまう。 そして彼の悪い想念・主義〈遺憾と諦念〉(物事の後に残った恨みと道理を悟る諦めの気持ち)が首をもたげ、惰性的生活が続き、さらに三年の月日が流れた。 そしてあの職場の先輩・高橋さんが 『若者なら夢を持て』と言っていたのを以前『しゃらくせい!』と馬鹿にしていたあの人が、歌自慢から歌手としてのTV番組出演しているのを居酒屋で見て、何かを感じ。 さらにその自分の今と比べ、居たたまれない差の怒りを、いつものように周囲に爆発。 しかし側にいた怖い兄さん二人組には、そんな強がりはコテンパンに跳ね返され、ようやく“作家への覚醒”を得ることになった。 この原作者西村さんは、戦前の破滅的な作家とされる藤澤清三氏(1889~1932)を心酔したと述べた。 そして芥川賞選出の際の理解者であった石原慎太郎氏(1932~2022)の“死”の2月1日の時には、あの若かりし頃の愛読書の著者に哀悼の辞を述べたという。 そしてこの石原氏の死のその四日後に(2月5日)、自らも後を追うかのごとく天に召された。 映画的には山下敦啓監督作品として。 「天然コケッコー」(07)「マイバックページ」(11)「オーバー・フェンス」(16)などと比べ好感度は落ちた。 これは原作の主人公の思考・生きざまを理解しようとした上でも。 ‥‥やはり仕方ない。