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ヴィクトル・ユゴーの小説を原作としたミュージカル「レ・ミゼラブル」を、トム・フーパー監督が映画化した2012年のイギリス映画。 何から語ったらいいのだろうか。語り尽くせないほどの歴史を持つミュージカルの傑作「レ・ミゼラブル」。初演はもちろんフランスだが、1980年代にロンドンで上演された英語版が、ブロードウェイや世界で愛され続けることになった。そのミュージカルを製作した人こそ、この映画のプロデューサーも務めるキャメロン・マッキントッシュだ。ブロードウェイのロングラン・ミュージカルのトップ3である「レ・ミゼラブル」「オペラ座の怪人」「キャッツ」全てを製作した現代最高の演劇プロデューサーだ。そんな彼が満を時して映画化に踏み切ったのが、最高傑作「レ・ミゼラブル」なのだ。これがつまらない訳がない。 そんな期待値が非常に高い作品の指揮を任されたのが、「英国王のスピーチ」でオスカーを受賞したトム・フーパーだ。ミュージカル映画は初挑戦だが、当時のフランス社会をリアルに描いた「レ・ミゼラブル」には、リアリティを追求するトム・フーパーが適役だったのかもしれない。初挑戦だからこそ、彼はミュージカル映画に革命を起こした。歌を録音してから演技を収録するというのがミュージカル映画の定石だが、彼が提案したのは撮影時に俳優が自ら歌うというもの。これは俳優の自由度が高い反面、プレッシャーも半端ない。しかし、この手法がもたらした臨場感は、これまでのミュージカル映画にはないものだ。トム・フーパーはやはりすごい。 この作品はヴィクトル・ユゴーの小説の映画化ではなく、大ヒットミュージカルの映画化だというのがポイントだ。ミュージカルというものは、小説のように細部までストーリーにこだわらないものだ。大筋のストーリーさえ理解してもらえればいいので、けっこう話が飛んだりする。舞台では背景を変えて間をとったりできるけど、映画は話を繋げなければならない。トム・フーパーはそこら辺も抜かりない。場面により主役は異なるのだが、映画ならではの表現で自然に繋げている。ミュージカルとは違った「レ・ミゼラブル」の魅力を引き出していると言っていいだろう。 このミュージカルはほぼ全て歌で綴られる物語だ。つまり、歌にあらゆる想い、感情が込められているのだ。オープニングの「囚人の歌」から圧倒される。娼婦達が唄う「ラブリィ・レディ」の陽気さに潜む絶望感。「夢やぶれて」はあまりにも切ないし、「フー・アム・アイ」を唄うジャン・バルジャンの心境は深い。「星よ」から「自殺」までのジャベールの変化は見応えがあった。一番好きなのは、「ワン・デイ・モア」から「民衆の歌」への流れだ。ここの盛り上がり方は胸踊る。歌は気持ちを伝えるものだ。この映画の歌は、ストレートに響いてくる。歌の力を感じることができてよかった。 ジャン・バルジャン役のヒュー・ジャックマン。ウルヴァリン一筋のマッチョな俳優と思いきや、トニー賞を受賞した一流の舞台俳優なのだ。生歌で演じるというスタイルもあってか、むき出しの感情がビシビシ歌から伝わって来た。ヒュー・ジャックマンの見方が変わった。ジャベール役のラッセル・クロウは、今までのイメージにない役柄だったが、これがかなりハマっていて、複雑な胸の内を見事に歌で表現していた。悲劇的なファンテーヌを演じたアン・ハサウェイ。とっくにお姫様キャラは脱却していたけど、さらに上の高みに登った感じがした。身を張った演技は、観る者の感情を揺さぶることだろう。コゼットを演じたアマンダ・セイフライドも魅力的だった。コゼットは物語の唯一の希望と言っていいキャラクターだけど、「マンマ・ミーア!」でも魅せたイノセントな雰囲気はここでも活きていた。 「噫無情」(ああむじょう)というタイトルが指し示す通り、余りにも無情な物語だ。パンを盗んだだけで19年間も刑務所にいたジャン・バルジャン。夢見た未来とはあまりにも違う現実に絶望するファンテーヌ。世の中をよくしようと国に立ち向かう若者たち。愛する人の恋を見守るエポニーヌ。現実は厳しく、むくわれない。しかし、なぜだか彼らの歌声に心が揺さぶられる。魂の歌から現実に立ち向かう勇気をもらえた気がする。不景気だなんだと暗いニュースが多い時代だからこそ、「レ・ミゼラブル」を観るべきだ。ここには学ぶべき姿勢が描かれている。
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