Aguirre: The Wrath of God
Aguirre: The Wrath Of God
1972 · Action/Adventure/Biography/Drama/History · West Germany, Mexico, Peru
1h 35m


A few decades after the destruction of the Inca empire, a Spanish expedition leaves the mountains of Peru and goes down the Amazon river in search of gold and wealth. Soon, they come across great difficulties and Don Aguirre, a ruthless man who cares only about riches, becomes their leader. But will his quest lead them to "the golden city", or to certain destruction?
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隣の唐十郎
3.0
ドキュメンタリーを観てるような生々しさ。 黄金郷の夢にかられて、ジャングルに踏み込んだスペイン人一行は、明らかに場違いな存在。 先住民の襲撃や飢え・熱病で衰弱し、崩壊していきます。 反逆者として一行を破滅に導く狂気の男アギーレは、本物の狂気の人クラウス・キンスキーという[怪物]の素の姿を見るようで、本気で怖いのです。 人間のクズも映画の力でアートになるのだから不思議なものです。
やすだいさむ
2.0
文明国の侵略者たちが、ど田舎にある野蛮人の国を征服しようとするが、全然うまくいかなくて破滅する映画。オープニングで大軍の群れが多数の動物を引き連れて山道を行進するシーンだけはすごい。民族大移動を見せてもらったような感覚。過去の歴史では、こういう国家的な大プロジェクトが、あったのだろうかと思った。この映画も、ものすごく大金をかけて作られたと思うが……大金をかけたわりには、肝心の内容は面白くはない。主人公たちが、何のためにそんなことをするのか、描写がないので理解不能。ただ、リアリティーはある。人類の過去の歴史では、こういう愚かなことに、大金や人生や命をかけて、無駄死にした人々が多数いたのだろうというのは間違いないわけで、悪い意味で勉強になる映画。
HRK
1.0
所謂「カルト映画」の古典だが、これは下品で苦手。狂気の映画と評されることも多い本作だが、主役にこそ感じなくはないものの、それすらも平凡なものに終わっている。筋自体も特段面白くもない。せっかくの舞台設定も物語と全く噛み合っておらず、何も感じない。こうした基本的な表現力の不足にも関わらず、異形を気取った場面を終盤多用するなど、安直な手段で誤魔化そうとする姿勢には嫌気がさす。こういう芸術家を気取った映画本当に嫌い。 撮影も良くない。川を挟んでの撮影など空間の把握がしづらいので場が緩んでしまっていて、全体的に間の抜けた映画になる一因となっている。水滴や水蒸気がレンズについてしまっていてカメラの存在を意識させてしまうのは、端的にフィクションを作る上での良識が欠けているとしか思えない。 端的に才能がないと思ってしまったので、ヘルツォークは二度と観ない。代表作であるこの映画の作風と仕事ぶりからして少なくともNot For Meであることは間違いない。
dreamer
5.0
この映画「アギーレ・神の怒り」の主人公アギーレは、アマゾンの奥地にあるという黄金郷に取り憑かれた男だ。 彼は1560年にインディオたちが語る伝説の国エル・ドラド(黄金郷)を発見するために、イスパニアの探検家ピサロに同行し、その大部隊から特別に編成した分遣隊の副隊長に任命されたアギーレ(クラウス・キンスキー)は、様々な困難に遭遇しながらも、筏でアマゾン河を上り、奥地へと入りこんでいくのだ。 しかし、兵士たちはインディオに殺されたり、熱病にかかったりして次々と死んでいくのだった。 こうした中、アギーレは最後まで黄金郷が存在することを信じ続け、たったひとりになっても、まだ自分がこの黄金郷に王国を建設することを夢見るのだった-------。 このアギーレ一行の旅は、狂気への旅でもあると思う。 彼らの旅は、征服の歴史でもあった西欧文明への痛烈な皮肉にもなっているのです。 筏の上はまるで西欧の歴史の縮図のようで、権力闘争に敗れ重傷を負っている隊長、副隊長のアギーレによって新帝国の王にでっちあげられた食いしん坊の貴族、キリスト教の宣教師、征服され奴隷として連れてこられたインディオ、そして、その中には王子もいるのです。 それから、二人の白人女、一人の黒人奴隷、おまけにヨーロッパから連れてこられた馬も一頭います。 そして、筏の上の新帝国の王は、河の両岸を次々と自分の領土だと宣言し、書類にサインをしていくのです。 ニュー・ジャーマン・シネマの代表的な監督であるヴェルナー・ヘルツォークは、岩肌を剥き出しにした険しい山、果てしなく流れ続ける河、森の中に隠れるインディオといった、アギーレと彼が率いる兵士たちを取り囲む、荒々しく不気味なアマゾンを、見事に描いていて、実に素晴らしいと思う。 結局、一行の者全てが死んだ後、たった一人になったアギーレは、"現実と幻想の混濁した世界"に迷いこむのです。 いつのまにか、筏の上にはたくさんの小猿が群がり、「私は神の怒りだ」と叫ぶアギーレにまとわりついてくるのです。 悠久と神秘のアマゾン河の巨大な流れ、死体を乗せて漂う筏、狂気のアギーレと小猿の群れ、残酷にして滑稽、妖しく美しいラストの映像は、人間の歴史を鋭く貫かずにはおかないのです。 未開の自然の中で、何か一つのことを実現しようと夢見る男の野望は、ヴェルナー・ヘルツォーク監督が常に求めているテーマだと言えるのかも知れません。
kom
3.0
いやはや、凄い映画。これ1970年代にどうやって撮影したの?と疑問に思う映像の連続。ドローン使わないでこんなの撮るなんて、執念以外の何物でもない。突飛な映像とかそういうことではなく、単純に、淡々とした自然の圧倒的な迫力。手持ちカメラのような映像からドローンのような引きの映像まで、常に客観性を持った、ある意味突き放すようなカメラワークの妙。しかしそれだけではなく、定期的に人物の表情を映し出すクローズアップが挟まるのも特徴で。主人公たちだけではなく、名もなき脇役たちまで、その絶妙な表情の変化、気持ちのゆらぎを、カメラは映し出していく。 やはりアギーレを演じたクラウス・キンスキーの怪演には触れざるを得ない。明らかな狂気。しかしながら、アギーレはただの狂人というわけでもないのだ。彼は常に落ち着いていて、堂々としていて、ある種のカリスマ性すらある。自分が最前に立つわけでもなく、傀儡政権のような形式で、場をコントロールしようとしていく。また、彼は独善的でもないし、目の前の小さな利益に囚われているわけでもないし、他者を蹴落としてのし上がろうと思っているわけでもない。彼はただ、心の底から黄金郷を夢見ているだけ。そしてシンプルに、自らの存在を「神の怒り」であると思っているだけ。だからこそ怖い。狂っている。 黄金郷を目指しジャングルの川を筏で渡り続ける彼らの旅はただひたすらに過酷で、地獄。派手なアクションは何一つ起こらない。単純な飢え。熱病。そして陸地の原住民(禄に姿も見えない)から唐突に放たれる、毒矢。この毒矢の存在がこの映画を独特のものにしている。とにかく人が急に、そして実にあっけなく死ぬのだ。そこにはなんのドラマ性も、活劇性もない。 登場人物はそれなりに多いのだが、それぞれの個性が十分に描かれていて上手い。実に人間くさい彼らと、人間を超越したような眼をしたアギーレとの対比も光る。これだけの内容を95分にまとめたのも凄い。実に濃厚な95分だったのだが、振り返ってみると特に大した出来事は起こっていないということに驚かされる。そういう意味では、退屈さもある映画ではある。延々と大自然を映し出すショットも、ひたすら川の上を流されているだけのショットも多いし。大衆受けを一切狙っていない感じ。実際何度か意識が飛びそうにもなったのだが、アギーレの強烈な顔面が映るたびにハッと集中力が一気に戻ってくる。観ておくべき。価値のある一作だった。
おぼろぐ
2.5
学生の頃に映画館で鑑賞して寝落ちした作品。 鬼才ヘルツォーク作品は苦手意識あった。 まずペルーの川はまじで濁流で荒々しくて 日本じゃ見かけないたぐいの川だから 懐かしく思うと同時に撮影の過酷さが生々しい。 密林を進むのも海抜が高いから苦しかったろうな。 疲れとかうんざりさとか全てが 演技じゃない生のそれなのが 作品に妙にリアリティをだしてて苦笑。 緑が瑞々しくて美しかった。 スペインの入植者も実際こんなテンションやったんだろうなと。 ほんとドキュメンタリーみたいだった。
ケロンボ
3.0
146
いやよセブン
3.5
ドイツのヴェルナー・ヘルツォーク監督作品。 16世紀、インカ帝国からエルドラドを目指すスペイン隊はアマゾンの密林と神出鬼没の原住民に悩まされていた。 筏で移動するが、副官のアギーレ(クラウス・キンスキー)は精神的におかしくなってしまう。 ストーリーはさておき、山道や筏などの撮影は大変だったと思うが、その迫力は素晴らしい。 役者を筆頭にスタッフは大変だったと思う。
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