Unfinished Piece for Mechanical Piano
An Unfinished Piece for A Mechanical Piano Pieza Incompleta Para Piano Mecanico
1977 · Romance/Drama · USSR
1h 43m



Early in the 20th century, family and friends gather at the country estate of a general's widow, Anna Petrovna. Sofia, the new wife of Anna's step-son, recognizes Misha, the brother-in-law of one of the widow's admirers: a few years before, they had been idealistic lovers and now she can't believe he has settled for a dim wife and a job as a teacher. Amidst parlor games and idle talk of women's rights and peasants' capabilities, Sofia and Misha rekindle their love. Will they flaunt convention, abandon families, and run away to pursue lost dreams? Rescue comes from an unexpected place.
笑いと推理が交差する、時代ミステリー
「唐人街探偵1900」都度課金開始✨
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星ゆたか
4.5
2022.1 「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲」1977年の、ソビエト映画。 監督、ニキータ・ミハルコフ。(黒澤明監督とも、親好が厚かった。) 長~いタイトルの同監督・日本初デビュー・第三作目。公開は1981年、私は同年12月4日に、NHK教育TVで放映された(早やっ!)のを、確かベータビデオで録画して見た。でも一回目、コックリ、二回目、コックリ、途中で眠りこんでしまい、意を決して、別の日に。三回目にしてようやく、集中し、大感激した作品です。 劇中流される歌曲・ドニゼッティのアリア〔人しれぬ涙〕(歌劇♪愛の妙薬♪より)の調べは、お気に入りで、その後ルチアーノ・パヴァロッティの歌唱を聞いています。 物語は、前世紀末のロシア。ある将軍未亡人の館に、近隣在住の貴族たちが集まる所から始まる。将軍の先妻の息子が、突然結婚し、その新妻を皆に紹介しようと、パーティを開くことになったのだ。招かれた内の一人に、小学校教師プラトーノフがいて、妻のサーシャと共に出席した。驚いたのは、紹介された新妻ソフィアが、なんと大学時代に付き合っていた彼女ではないか。別れてから、数年ぶりの再会で、お互い微妙な変化・地位に内心落胆しつつも、夕食を経て‥‥‥‥。途中、機械じかけのピアノから、リストの♪ハンガリー狂詩曲♪が流れたりした後、夜の闇に花火が上がる。その中プラトーノフとソフィアは、話をする内に感情の激するままに抱きあい、『ここから連れ出して、二人で新しい人生を築きましょう』とソフィアが迫る。だがプラトーノフは、『私は35だ。こんな所にいて何一つ出来なかった。もう駄目だ。』と、叫び出す。その声に皆が集まり、興奮したプラトーノフは、死のうと近くの川に飛びこむ。しかしその川は浅くそれも叶わぬ。 駆け寄る彼の妻サーシャ(ソフィアのような華やかさはないが、素直で誠実)は、夫を愛し、その愛は誰にも負けないと、力強く夫を抱きしめる、妻の言葉に、彼は、ようやく気を取り直したのである。ソフィアも何ごともなかったように一時は心配した夫に寄り添い‥。 原作は、チエーホフの喜劇で、とてもユーモラス。 ラストは、翌朝いたずらっ子の地主の おいの少年(この映画では物語の進行の背景画面にごく自然に子供の日常の動きを見せて、とてもイイ感じ)の寝顔に、陽の光が当たり出す‥‥‥まるで新しい時代、新しい世代の幕開けかのように。
dreamer
4.5
"チェーホフの世界を見事に再現した、現代に通じる知識人の物語「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲」" この長い題名の映画は、チェーホフが大学時代に書いた戯曲「プラトーノフ」を基に、「地主屋敷で」「文学教師」「三年」「わが人生」などの、短編のモチーフを加えて創作されたものだが、まさしく見事に"チェーホフの世界"であり、しかも、チェーホフの時代と人物を借りての、むろん現代に通じる知識人たちの物語になっていると思う。 1900年代末のロシア。緑したたる田園風景。古びた貴族の屋敷。蒸し暑い夏の昼下がり。 屋敷の主は、色香を残して華やぐ、将軍の未亡人アンナ(アントニーナ・シュラーノワ)だ。 そこへ近隣の地主や、退役大佐や、その息子の医師や、若い妻を連れた小学校教師プラトーノフ(アレクサンドル・カリャーギン)らが、訪れてくる。 都会から帰ってきた将軍の先妻の息子セルゲイ(ユーリー・ボガトィリョフ)の、美しい新妻との顔合わせを口実に、だが彼らは長い冬眠から目覚めたような、この久方ぶりの集会に、なんらかの刺戟を期待しているのであろう。 そして、女主人のほうも、ここらでは珍しい、高価な自動ピアノの購入で、客人たちを驚かす魂胆なのだ。 人々の軽いざんざめき。蝿の羽音が聞こえる、時折の静寂------。 どこか澱み、優雅に怠惰に、頽廃の気分の中で、傲慢な毒と艶めいた危険をはらんだ会話も交わされ、やがてそれは、彼らが期待した、スキャンダラスな、一つのドラマに凝縮されていくのです。 実は、セルゲイの新妻ソフィヤ(エレーナ・ソロヴェイ)こそ、プラトーノフの初恋の人であったのだ。 かつては理想に燃え、愛に燃えて、大成を夢見た青年も、今ではしがない田舎教師だ。 そしてソフィヤは、それが両親の反対に引きずられて、彼を捨てて去った女性なのだ。 だが今、あまり賢くない夫に飽き足らぬ彼女にとって、プラトーノフは、彼女自身に相応しい知識人なのだ。 いつの時代でも、世界のどこでも、若い女の恋ごころとは、なんと身勝手なものだろう。 女はいつだって、男の上に自分自身の勝手なイメージを描き上げるものなのかも知れない。 男にとって、それは迷惑なのだ。 今更、迷惑だけれど、彼女の熱い眼差し、思いつめた囁きに、どうして動揺せずにいられよう。 プラトーノフは、その動揺に気づかれまいと、人々の前で、自ら道化役を演じ、劣等感を自虐の苦渋にすり替えて、更に乱れてしまうのだ。 雨になる。豪雨をついて、重体の女房への往診を、懇願しに来た貧しい農夫を、にべもなく追い返す医師をなじりながら、けれどプラトーノフだって、花火と乱痴気騒ぎの後の水辺で、ソフィヤと抱き合ってしまうのだ。 だが、どうなるものか。時の流れは、呼んでも帰りはしない。 二人の語らいは噛み合わず、昔を取り返すすべもないのだ。 むしろ、初恋の女の出現は、彼女との再会は、ソフィヤの愛の告白は、ようやく埋もれ、忘れかけた男の挫折感を、一挙に爆発させてしまうのだ。 男は狂ったように叫び、暴れて、好奇の人々の視線から、飛び出して行く。 ダメだ、ダメな人間だ、人生の敗北者だ、と水辺の死の淵に向かって、よろめく。 そうしたプラトーノフに追いすがり、彼をかきくどき、かき抱くのは、まだ小娘のように幼げで、鈍くも見えた若妻のサーシャ(エヴゲーニャ・グルーシェンコ)だ。 誰よりも、あなたを愛している。あなたを尊敬している。あなたを必要としている。 そのひたむきな真心が、プラトーノフを赤子のように包んで、彼は母の胸に甘えるように泣くのだ。 男に、"悲劇と安らぎ"をもたらす、二つのタイプの女の原型を、この映画で観たような気がします。
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