Big World
小小的我
2024 · Drama/Family · China
2h 11m


Liu Chunhe, suffering from cerebral palsy, bravely breaks through the shackles of body and mind to realize the dream stage for his grandmother, while trying to find the coordinates of his own life. After experiencing a summer transformation, he finally embarked on a new journey.
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naho
5.0
"凄い"の一言。 こういう作品に出会う為に映画を見続けているのかもしれない。 すぐイーヤンチェンシーさんを検索したよね。 本当に凄い。観終わって思わず拍手。 ただ「良い映画だね」で終わらない。 この先も心の中に残り続ける映画になると思う。
cocoa
4.5
中国語の原題は「小小的我」。 英題は「Big World」 脳性麻痺で産まれた主人公リュウ・チュンへは20歳になる。 高校卒業後、師範大学を目指して猛勉強していた。 一緒に暮らす祖母を慕い、周囲からの特異な視線を感じながら必死に生きる青年リュウを描いたストーリーです。 何と言ってもリュウ役のイー・ヤンチェンシーが良い! (別名はジャクソン・リー、歌手でダンサーでアイドル!) 別の作品『少年の君』や『素晴らしき眺め』も最高だったが、今回は脳性麻痺と言う重度障害を抱える青年役。 彼がここまで難しい役に臨んだ覚悟さえも感じる素晴らしい演技だったと思います。 冒頭の階段を昇るリュウの足元…。 四肢の麻痺もあるのでサンダル履きの彼が必死に躓きそうに歩いている。 顔の麻痺、首を振りながら発声も不自由そうに話す姿などいろいろ研究したのだろうな。 知的障がいではなく、脳性麻痺なのでリュウは記憶力が良くて学力優秀。 師範大学の発表を待ちながら日々暮らしている。 おばあちゃんのキャラがまた良い。 派手な色使いのスカーフ、着るものも華やか。 でもおばあちゃんがスカーフにこだわる理由や、後にリュウの気管切開の傷に絵を描く意味がそれぞれ強い絆の同志のようだった。 リュウが子どもの時にスーツケースに隠れて聞いた両親の本音。 「いなかったらもっと良い人生になる」云々の言葉は辛かったはず。 確かにまっすぐ歩けず、体は揺れて言葉も鮮明ではないが、リュウの心は強くなるしかなかった。 リュウに冷たかった母親。 それは障害児を育てる不安もあったのだろう。 母と言い合った時もリュウは必死に話していた。 「家族の重荷なのはわかってる」 「昼間、外に出るな、周りの人が嫌がる」などと言われ続けてきたリュウ。 「僕はずっとそれを背負って生きている」 カフェでバイト面接をした時に「正直、普通の人を雇いたい」と言われたリュウ。 店がリュウを雇ったのは税制待遇や社会に対するポーズだったのかもしれない。 それでも仕事をすることが「尊厳」だと感じたリュウだった。 自分の作ったキャンディーを喉に押し込んだのは自死願望から。 必死に助けようとしたおばあちゃんの姿にも胸を打たれた。 最後のスピーチで… 「僕がどんなに小さく壊れていても僕は僕なんだ。」 「幸せの意味には僕たち一人一人が含まれるべき。」 タイトルの「小さな私」に繋がる言葉だと思った。 そんな小さな私が大きな世界に羽ばたくのはリュウの力で掴んだ未来だと思った。 合格した師範大学までのドライブ、おばあちゃんに言う言葉がまた良かった。 そして「後は僕の道を歩かせて」と、リュウの独り立ちを感じるラストだった。 イー・ヤンチェンシーの熱演は本当にすごかった。 同じようにおばあちゃんの存在も捨てがたい。 詐欺師に騙されそうな性格でも、明るく前向きでリュウの事を本当に心から支えている。 (そして自身もチベットに出稼ぎ中の辛い過去も抱えている。) 演じたダイアナ・リンにも拍手でした。 これからもイー・ヤンチェンシーの作品は要チェックです。 エンドロールまで最高でした。
北丸
4.5
「長安二十四時」や「少年の君」で私を魅了した、ジャクソン・イー(易烊千玺)が主演の映画がネトフリにあるだと?ということで、早速視聴。(見つけたのが昨日だったw ネトフリは検索性悪いし、華流には頗る弱いと思ってたので) 私が一生愛する映画で「海洋天堂」という映画(中国)があるんだけど、そこで描かれた障害のある人とこの作品ではかなり開きがある。その映画とこの映画では同じ障害ある人でも障害の質が違うということもあるが、中国社会がそれだけ変わったということもあるのだろう。色々と便利になり、社会的なサポート(福祉)も整備されている。だけど、人の心はそんなに急速に変わるものではなく、主人公は町中で奇異の目で見られたり、見下すような言葉を投げられる。或いは「同情」されてしまう。そして何より、親が彼の障害を「恥」ているのだ。そのことにどうしようもない苛立ちや怒りを覚え、同時にそのことを諦めて無力感を覚え、いっそ死にたいと思い続けてきたのが冒頭の主人公。 そんな彼がどうやって「変わって」行くのかは、本編を見ていただくとして、この映画はそんな彼が変わって行く様子を様々な場面で描くのだが、それは私たち「障害のない人間」が同情的に思い描く障害者像とは少し違う。 性欲はあるし、恋もする。他者から必要とされることに充実を得るし、お為ごかしのキャンペーンに利用されてしまう自分をきちんと認識もする。そういったことを丁寧に描き通したことは、中国映画業界ではかなり挑戦的ではないのか? 特に障害者の性的欲望、そしてそれをやんわりと拒絶した女性という描写は映画制作陣の気骨を感じる場面だった。 「ねえ、あなたも勃起するの?」とストレートに尋ねられた主人公は恥ずかしそうに顔を伏せながら、やがて「僕も普通の大人の男だ。そんな質問をしてくれてありがとう(台詞はウロ」と答えるとこは、正直この物語のピークといって良い場面だったのではないかと思っている。二十歳の男性を捕まえて幼児のようなふるまいを求めること自体が酷であり、それ自体が彼らの尊厳を踏みにじる行為だとはっきりと突きつけてくるし、それは別に中国に限ったことではなく世界中でそういう状況があるだろうと思う。その意味でこの映画は普遍的なメッセージを大いに含む秀作であり、日本でも広く見られて欲しい作品だ。 最後になったが、主演のジャクソン・イーの演技力が凄まじい。元々ダンスをする人だということもあるだろうけど、身体表現の隅々にまで気を配っているのだろうと思うけど、途中から彼が本当に当事者だとして見てしまっていた。こういう役は本来当事者が演じるのがベストといわれているが、日本でさえそれが実現できないことも多いので、当代一流の役者を呼んだことは限界まで迫ったのだろうと思う。 あとから調べたが、プロデューサー、監督を筆頭に主に女性が作り上げた映画とのこと。それで納得した。この作品に出てくる主な女性は3人いるが、その誰もが一方的にケアするだけの女になってないんだよね。主人公が淡い恋心を抱く女性は非常に正直に彼の元から去り、母親は彼の障害を「恥じて」いていっそ死んでくれたらとさえ思うし、祖母とて決して何もかもが正しい聖母などではない。リアルではないが「リアリティ」は十分だ。男性(男性社会)が一方的に求める女性像を体現していないおかげで、引っかかりなく最後まで見通すことができたし、同じ女性である自分ならどうするかを深く考えさせられた。 ほぼ全編、四川語で喋る映画だけど、四川語って響きが柔らかいのね。それもあって心に染みこむような素晴らしい作品だった。
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