Gandhi
Gandhi
1982 · Drama · UK, India, United States, South Africa
3h 11m



In the early years of the 20th century, Mohandas K. Gandhi, a British-trained lawyer, forsakes all worldly possessions to take up the cause of Indian independence. Faced with armed resistance from the British government, Gandhi adopts a policy of 'passive resistance', endeavouring to win freedom for his people without resorting to bloodshed.
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とらんぬ
3.5
インド独立の父、ガンジーの生涯を描いた歴史大作。 理想だけではどうにもならない事を勇気と行動力でインドの独立を成し遂げたガンジー。 パキスタンとインドの紛争を知っている我々の目線では作中後半の内乱に嘆くガンジーの心を思うとなんともやるせない気持ちになります。 最初にガンジーの暗殺シーンを持ってきた理由もそんなところを考え感じながら観て欲しいというメッセージなのかなと思いました。 ここまで自分の理想を押し通せる人はまさに不世出の傑物です。 規模は全く違いますが自分たちの人生の道標的作品にもなるかと思います。 全世界の人に届いてくれればいいですね。
Margaret
5.0
ガンジーについて、詳細を知らずに見たが、映画の冒頭に表示される文章にこの映画を作った人の誠実さがうかがい知れた。1人の半生と言えども、余りにも偉大な彼の人生を3時間の映画におさめようとすると省いた部分はたくさんあるだろう。分かりやすく、後世に彼の行動を伝えるための映画として、この作品は成功していると思う。 今こそ、この映画は必要だと思う。 今でもインドではイスラム教とヒンドゥー教の争いは続いている。イギリスへ国家の抵抗は成功したが、宗教間の争いをガンジーは取り除くことはできなかった。世界で起きている宗教間の争いについて知るたびに、一体何のための宗教なんだろうかと心が痛くなる。
邊見 猛
5.0
This may contain spoiler!!
ちべ
4.0
面白いとかじゃなく見る価値がある 映画見る前の「塩作った坊さん(聖人)」から、人格者でとてつもない策略家って印象に変わった そもそも坊さんじゃなかった 権力集中や分断のある世界と変革した実績を描いているので、今の世の中と比較する上でためになる ここに近づくのか、遠ざかるのかと言う風に政治を見れる可能性が上がりそう 国家レベルの「当たり前を変えた」 その道筋をどう見い出したのかが全然わからないし、目には目をの精神を抑えて身を捧げられる精神を全うできるのも、権力に溺れないのも含めて「偉大」って評価がスッと入ってきた 現代とか、多様性のもと分断に分断を重ねてる気がするけど、ガンジーが生きてたらどう世の中を見るんだろう?変えるべきと思うのかな? 作中にヒトラーの話題が出て来たときに、ヒトラー相手にはできる事少なかったろうなって思えたんだよね。多分非暴力戦略効かないから。 その点が「策略家」って印象の根拠なんだけど。 だから現代に生きてたら埋没してたりするのかもしれなくて、時代に現れる「英雄」ってこういう人なのかもしれないなとか思った。
ひろ
4.0
製作・監督リチャード・アッテンボローによって製作された1982年のイギリス/インド合作映画 ・ 第55回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞、脚本賞など、8部門を受賞した ・ 「インド独立の父」として知られるマハトマ・ガンディーの青年時代から暗殺までを描いた歴史映画。製作・監督は、「大脱走」などで俳優としても有名なリチャード・アッテンボロー。反戦や平和をテーマにした作品が多い監督なので、ガンディーを題材にするのは自然の成り行きかもしれない。 ・ この映画が素晴らしいのは、人間の生涯を完璧に再現することは不可能だと認めた上で、ガンディーの思想を限りなく忠実にスクリーンで伝えようとしたことだ。同年に大ヒットした「E.T.」を抑えてアカデミー賞で主要部門を独占したことからも、この映画が伝えたことの重みを感じる。 ・ マハトマとは「偉大なる魂」という意味の尊称で、国民は親しみをこめて「父親」という意味のバープーと呼んでいる。日本でのガンジーという呼び方は、日本が得意とする間違った発音の結果。「非暴力、不服従」を提唱し、平和的にイギリスからの独立を訴えたガンディー。その思想はマーティン・ルーサー・キング・ジュニアやダライ・ラマ14世に引き継がれた。 ・ 日本では「無抵抗主義」という間違ったイメージがあるみたいだが、作品を観ても分かるように、思いっきり抵抗しまくっている。あくまで非暴力で抵抗するというのが大事なのだ。日本では偉大なる人物と教えるだけなので、この映画を見せるなりして、ガンディーの思想を伝えた方が、よっぽど勉強になると思う。 ・ ガンディーは神格化されているが、誰よりも普通の人間であろうとしたのがガンディーという人間だ。「インド独立の父」と言われるが、国内の宗教の対立を止めることができず、結局、インドとパキスタンに分裂したことは、ガンディーには無念だっただろう。その後のインドもガンディーの教えとは全く違う道を歩んだし、ガンディーが生きていたら何て言っただろうか? ・ そんな偉大なるガンディーを演じたのは名優ベン・キングズレー。ガンディーを限りなくリアルに再現したと評価され、映画デビュー作でいきなりオスカーを受賞した。ガンディーをイギリス人が演じることに批判もあったが、彼の父親がインド人だったので納得したみたい。あまりにも似ていたので、ベン・キングズレーの元に参拝する人が絶えなかったらしい。 ・ ヒトラーも同時代に生きていて、日本も帝国主義の時代だったので、ガンディーは剣にしか耳を傾けないと言われた日本人に苦言を呈していたのに、日本は全く聞く耳を持たなかった。なんだか映画のことよりガンディーについて語ってしまったが、30万人というギネスに記録された最多のエキストラを使ったスケールといい、歴史に残る作品なので、この映画を観て、ガンディーの思想について考えるといいと思う。
いけ
4.0
言動が一貫している人間の魅力を教えてくれる映画です。 ガンジーはイギリスで弁護士になり、イギリスの植民地である母国インドに降り立ちます。しかし、そこで巻き起こる数々の差別に直面し、深く悲観してしまうのです。 そこで彼は立ち上がります。イギリスの植民地だからこそ、イギリスの法律に沿って、インド国民の人権を唱えるのです。それはイギリスの弁護士であるガンジーだからできる反対運動だったのです。 イギリス政府は手を焼きます。なぜならガンジーはイギリスの法律を掲げて、正しいことを言っているだけだからです。 殴られようが、捕まろうが、決して仕返しはしない。非暴力で人権を取り戻そうと動くのです。最初は1人でしたが、その姿を見た知人が、村人が、彼の真似を始めます。ついには国民を巻き込み、国を独立運動に導くのです。 国民が反逆罪として虐殺されたことで、反乱が起きてしまうこともありました。しかし彼は言います。「決して仕返しはしない。我々は非暴力だ。仕返しは憎しみを生まれるだけだ。」と。 その常に一貫した行動はニュースとなり、インド国民だけではなく、イギリスやアメリカでも英雄として取り上げられる存在になります。1人の人間の魅力が世界を巻き込んだのです。
dreamer
5.0
"インド独立の偉大な指導者ガンジーの波乱に満ちた生涯を描いた、映画史に永遠に残る珠玉の名作「ガンジー」" この映画史に永遠に残る珠玉の名作「ガンジー」は、1982年度のアカデミー賞で、「ミッシング」「評決」「トッツィー」「E.T.」などの強力なライバルを破って、最優秀作品賞を筆頭に、最優秀監督賞・主演男優賞・オリジナル脚本賞・撮影賞・編集賞・美術監督/装置賞・衣装デサイン賞の8部門で受賞し、リチャード・アッテンボロー監督が、アカデミー賞の授賞式で、「ガンジーその人こそ、今日この賞を受けるべき人だ」と語った事は意味深いと思います。 俳優出身のサー・リチャード・アッテンボロー監督は、1976年の超大作「遠すぎた橋」の演出では、大作負けの散漫さを示して失敗しましたが、膨大で多岐に渡る軍隊の展開については、非凡さが光っていたと思います。 その彼の監督としての実力が、この「ガンジー」では、多くの群衆シーンに遺憾なく発揮されていたと思います。 アッテンボロー監督が、ガンジーの伝記である、ルイス・フィッシャー原作の「ガンジー」を読んだのは、1962年と言われていて、それから、この映画を撮るまでの20年間、その映画化に賭けてきましたが、問題はガンジーを演じられる役者探しだったそうです。 故ネール首相に相談したところ、ネールは、アレック・ギネスを推して、「イギリス人がガンジーを演じれば、きっとガンジーは大喜びするに違いない。 つまり、これだけイギリスと闘ったガンジーをイギリス人が演じるという皮肉に対して」と語ったと言われています。 しかし、支配者であった旧宗主国イギリスの超大作映画として、イギリス人であるアッテンボロー監督が、この題材を正面から取り上げたこと自体、"贖罪的"な、意味のあることだったろうと思います。 そして、既成の有名な役者を使うことを避けたのは、ガンジーのユニークさがなくなる恐れがあったからで、映画は当時、新人のベン・キングズレーが最終的には選ばれましたが、その際、アッテンボロー監督は、ベン・キングズレーの目が、東洋的な深い輝きを持っていることに注目したのです。 ガンジーに扮するというより、ガンジーに心身共に、完全になり切っているベン・キングズレーは、イギリスで生まれ育ち、母はイギリス人のファッション・モデルでしたが、父はインド系の医者で、キングズレーの本名は、クリシュナ・ランジといい、インド人の血を引いていることを、アッテンボロー監督は後で知ったそうです。 しかし、彼の父がガンジーの生地の出身者であったからか、キングズレーとガンジーとは、肉体的に酷似していたのです。 しかも、キングズレーは、撮影前にカンジーの足跡を追ってインド各地を歩き、ガンジー関連の書物を読破して、ガンジーの心に近づこうとし、この映画のロケで彼がインドを訪れた時、ガンジーが生き返ったのかと人々は驚嘆したと言われています。 この映画の撮影時、キングズレーは37歳で、20代から暗殺された78歳までのガンジーを、激動する時代の流れを追って、サンダルや歯並びまで忠実に再現し、晩年のニュース映画の中でのガンジーが、本人かキングズレーなのか分からなくなってしまう程だと驚嘆されていました。 詩聖タゴールに、"マハトマ(偉大なる魂)"の敬称を贈られたモハンダス・K・ガンジーは、商業階級の名門の家に生まれましたが、映画は時代的にいって、ガンジーが、青年弁護士として南アフリカに渡った頃からを追っていますが、イギリス留学当時の二十歳前後の彼は、紳士になるために、ダンスやバイオリンまで稽古しましたが、しかし、母に誓った禁酒と菜食主義は守り抜きました。 その彼を南アフリカの人種差別運動に目覚めさせ、その後の"非暴力抵抗運動"の発端の場となったことは、インドにとって運命的な出来事でした。 彼が理念とした、"サティアグラハ(真理把握)"とは、「非暴力こそ真実への道」であり、「非暴力の抵抗」とは、「精神と人格とに訴えて、相手に屈服を余儀なくさせることである」との立場に立って、"非暴力・不服従・非協力運動"によって、"権力者の暴力・非真実"に対して、果敢に立ち向かおうとするものですが、この一筋の道が開かれたのは、南アフリカであり、その地での、"アシュラム(修道農場としてのコンミューン)"の体験も、その後、インドで活かされるようになるのです。 1915年、22年ぶりに故国インドへ帰ったガンジーは、早速アシュラムを開き、また各地を精力的に行脚して、インドの苛酷な実情に触れることに努めるのです。 そして、イギリスの横暴な植民地主義に対抗して、断食や"ハルタール(全市でのストライキ)"や、"スワデシ(外国製品不買運動"、そのためのイギリス製衣服焼却運動、塩の自力生産を唱えての行進と、次々に非暴力抵抗運動を各地に展開していくのです。 その間、ガンジーは、インド風の腰布をまとい、手紡ぎ車に象徴される"スワデーシー(古来の手工業復活)"の運動を広げていきます。 また、ヒンズー教徒とイスラム教徒の融和に腐心し、一つのインドを独立の理想としたのです。 それだけに、ガンジーは1947年8月15日のインド、パキスタンの分離独立には絶対反対で、晴れの独立式典には参列しませんでした。 そして、両教徒の協力を祈って断食したガンジーは、「断食の目的は、常に相手に最上の感情を呼び起こすことである」という確信も空しく、1948年1月30日の夕刻に、ヒンズー教右派国粋団体マハ・サバ党の青年ヴィナヤク・ゴーシュによって暗殺されました------。 映画は冒頭、ガンジーが三発の弾丸を裸の痩身に射ち込まれて、「ヘーイ・ラーマ(おお、神よ)」と呟いて倒れる、暗殺の場面に始まり、それに終わります------。 その葬列の場面は、ガンジーの死後33年記念日に撮影され、エキストラ10万人を含めて35万人が集まる、映画史上最大の群衆シーンとなっていますが、1948年の実際の葬儀には250万人の人々が参列したと言われています。 凄惨な群衆シーンの最たるものは、"アムリツァールの虐殺"と呼ばれるもので、イギリスのダイヤー将軍が、その指揮するインド人部隊に、公園に集まっていた無抵抗の市民に向かって発砲を命じ、1,516名の死傷者を出した修羅場の場面です。 イギリスの塩税と塩専売に反対しての"塩の行進"は、既に還暦を迎えたガンジーが、サバルマティーのアシュラムからダンディ海岸までの241マイルを24日間に渡って、毎日1時間の手紡ぎをしながら、長さ54インチの竹の杖をつき、サンダル履きで、民衆の先頭に立って歩き通したデモ行進であり、この映画の最大の山場となっています。 そして、民衆の作った製塩所が軍隊に包囲され、無抵抗のインド人が同じインド人の兵士によって容赦なく打擲される場面は、非常に悲惨ですが、非暴力が暴力を圧倒する"真理の闘い"には、映画ならではの迫力があります。 民衆の先頭に立って、手織りの白布をまとい、争うことなく、ひたすら歩き続けるガンジーの姿は、非暴力を効果的な戦略とする、現実的で行動的な民衆の指導者としての力強さと、世界の世論を喚起するために、マスコミを最大限に利用しているしたたかさと、そして飄々とした、何とも言えない人間的なユーモアと、今日的な明るいシンプルさというものを感じさせてくれます。 しかし、こういう人が、"この世に実在した"とは、既に信じられない時代となってしまったことに、一抹の不安と寂しさを覚えてしまいます。 ガンジーが語った言葉の中で、私が一番好きなものは、作家ロマン・ローランとの対談の中で語った次の言葉です。 「真理---それは私たちに語る内面の声である」。
about movie
2.0
面白いか、と言われれば、面白くない。 しかしガンジーも長い苦痛に耐えたのだから、眠気ぐらいと、長時間の鑑賞に頑張って耐えた。 というのは半分冗談で、あまりにも現実的すぎて、まるでドキュメンタリーを見ているような感覚だった。 ガンジー似過ぎ。 自分が断食することで、暴動を抑えようなんて、なんて傲慢でクレイジーな考えだろう。しかしそれがまかり通るガンジーはあまりに偉大だった。
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