
星ゆたか

ドラキュラ(1992)
平均 3.2
2022.9.28 監督と米国アカデミー賞 【フランシス・フォード・コッポラ】 1939年4月7日米国ミシガン・デトロイト生まれ。 自身は「ゴットファーザー」(72)で脚色賞。 「ゴットファーザーPART Ι Ι」(74)では監督賞を受賞している。 本作「ドラキュラ」(92)はメイクアップ賞、音響効果編集賞、そして衣装デザイン賞に日本の石岡瑛子さんが受賞されました。 この石岡さんの起用についてのコッポラ監督の談話。 『この映画でコスチュームはセットだというコンセプトをたてた。だからこそプロダクション・デザイナーの君にあえてコスチュームというキャンバスで実験をしてもらいたいんだ』と、当時「レニ・リーフェンシュタール展」を企画・演出中で無理という彼女を口説き落としたとか。 その結果ビクトリア時代を背景に、大胆華麗な衣装の結実が見事に表現され評価の対象になった。 ちなみにこの92年のアカデミー賞は、39年のキャリアで初めてのノミネートの。 「許されざる者」のクリント・イーストウッドが62歳で、監督賞・作品賞・編集賞・助演男優賞(ジーン・ハックマン)の快挙。受賞式では感激の観客のスタンディング・オーベーションでした。 この映画賞の評価とは、一概に全て自分達にとって正当とは思いませんが。 それでも映画鑑賞する時の良いガイド案内書だと思うんです。鑑賞の先達が映画の理解の手助けとして、用意してくれた賞賛情報(見所や顧慮する所)を参考にして、とかく私達は映画を選出し鑑賞してます。その上でさらにその感想を整理したり考えを深めたりするために、その映画祭受賞基準などをまた参照してるんです。 ということで受賞対象の項目をより注意して見れば、その作品への理解・愛着が深まるのではないかと思います。 この映画はアイルランドの作家、 ブラム・ストーカーの1897年の怪気小説で。過去に何回も映画化されています。 ルーマニアのトランシルバニア地方に伝わる吸血鬼伝説を基にしたもの。ドラキュラはルーマニア語で「竜の子」を意味するそうです。(竜は悪魔という意味もあるとか) 1462年トルコ軍が怒涛の如くルーマニアを始めとするキリスト教世界に襲いかかった頃。 トランシルバの聖ドラゴンの騎士団が勇敢にも立ち向かい征しました。 しかしその騎士団のドラクル、せっかく神の国を守る闘いを制したのに、愛する妻のエリザベータを亡くす結果に怒り狂い、『例え私が死んでも、暗黒の力と結束し復讐する』という誓いを残しました。 それから435年後(1897年)の英国の ロンドン。弁護士のジョナサン(キアヌ・リーブス)は、トランシルバのドラキュラ伯爵(ゲイリー・オールドマン)を、不動産取得の手続きのために訪ねます。 けれどそれから、愛するミナ(ウィノナ・ライダー)との結婚を約束して旅立ち、はや一ヶ月。彼は伯爵の呪縛に襲われ半病人状態に。 一方ミナの方は、親友の活発な性格のルーシーが三人の殿方と付き合い、その中の一人と結婚することになる。しかしその後単身訪れたドラキュラ伯爵のせいで、血を失う難病に(噛み付かれ同じ吸血鬼の運命に)。そこで招かれたのが バンヘルシンク博士(アンソニー・ホプキンス)。 三人のルーシーの殿方と協力して、逃げるドラキュラ伯爵を追い、バンパイア悪魔払いの行軍に出向く。その頃までにはジョナサンも、吸血され白髪になるが何とか生還し、ミナと結婚式をあげられます。 しかしこのミナはドラキュラ伯爵と接する内に、ある記憶を思い出し、どうもあのドラクルの妻エリザベータの生まれ代わりの魂らしいことが判明してくる。 つまりそれはドラキュラ伯爵の探しもとめた相手ということ。 『この世での至上の幸福は真実の愛に出逢うことだ』が伯爵の心情。 とにかくこの映画の素晴しさは、その一つ一つの映像表現にあります。 1.〔人物の動きとその影の動きの違い〕 2.〔場面展開の際のカメラショット・画面サイズの切り替え〕 3.〔サイレント映画のような雰囲気〕 例えば(1)ドラキュラ伯爵の足もとに台車を起き、その上に乗せて上半身だけ見せ動かす演出、歩行でなく不思議な地上を滑るような感覚。 左に伯爵とその後の影の動き、すると右から影とは別に同じ伯爵の姿。つまりこの伯爵は空間を、空気のように自由自在に動き回れる存在ということ。 (2)孔雀の羽の中心部をズームアップし、円の形からトンネルの出口の円にオーバーラップして次の場面に。 人物の目の瞳のクローズアップから酒をつぐグラスの中の底(同じ図形)を覗きこむショットに切り替え。これなどは何処かアルフレッド・ヒッチコック監督のサスペンスを彷彿させる。 (3)実際劇中昔のサイレント映画を、伯爵とミナが街なかで見る場面がある。 それと同じ色調、フィルムのコマ送りのような編集に合わせての物語展開は、この物語の時代性ばかりでなく、映画全体の魅力になっている。 カラクリメガネで赤と黒の影絵を見る感覚も、それを増幅。 多くの人達に親しまれ愛されてきた ドラキュラ映画の味わいを損なうことなく、華麗なる映像表現を蓄積して、古くて新しい映画愛・魅力タップリの作品でした。