
星ゆたか

ラッキー
平均 3.4
2024.3.4 気難しい現実主義者90歳のラッキーという老人を主人公に。 全ての者に訪れる人生の最後〈死とは〉を問う。 地方の狭い田舎の人達との日常の交流が。 実に自然で、“付かず離れず”の言葉の掛け合い(何かあったら助け合う)も安心して見ていられる。 また主人公は言葉パズルの埋め合わせが趣味で。 例えば「現実主義」とは。 「ありのままの状況に対する心構え」 「人や物の状況の本質や実状を正確に実物どうりに描写する事」など。 日々考えている。 そして以前は『全員が合意することが現実だ』と思ったが。 『全員の見方が同じだとは限らない』と気づいたと語る理屈派の人物。 この辺は結婚もせず一人で生きてきた人物らしい所かも知れない。 主人公を演じるハリー・ディーン・スタントンさん❔って。 「パリ、テキサス」(84:ヴィム・ヴェンダース監督)に出てた人と言われて。 『あぁ、そうか。』とその面影に納得。 およそ88才の時出演し、その3年後に亡くなっているようです。 監督はジョン・キャロルリンチさんという。 これまた写真を見て俳優として、どこかの作品で見たことあるって思った。 53才になる方の初演出作品だそうだ。 印象は飄々とした細身の老人が。 ヨガの体操らしい日常の家庭におけるルーティーンをこなしていく様子に。 メキシコ歌謡音楽が被る幕開けに。 なにやら作品全体の雰囲気を感じさせる映画でした。 音楽のセンスとその主人公俳優の容貌が。 どこか最近のクリント・イースドウッドさんを彷彿させる所がある。 音楽といえば。 劇中コンビニ風の店の婦人経営者に。 10才の男の子の誕生日パーティに招かれ。 その当日、思いがけず。スペイン語のラブソングを披露。 パーティの雇われ楽団の演奏を導いて。 集まった人達に喝采を受ける場面は。 この主人公の普段の付き合い人とは違う中でのコミニュケーションの成功で。 見ていて嬉しい気持ちにさせてくれる。 つまり言語の違う状況での〈音楽〉を通じての交流である。 開巻の♪「CON EL TIEMPO YUN CAN CHITO」。 最後の♪「THE MAN IN THE MOONSHINE」など。 とてもイイ感じ❕。 この主人公は第二次大戦の時は海軍のLST(戦車揚陸艦)の調理兵として乗船していて。 日本軍の特攻攻撃も受けた事があったと。 たまたまよく通う食堂で知りあった海兵隊上がりの。 同年代の人との会話であきらかになる。 この場面での会話は、作品のキーポイントになる内容があって見逃せない。 つまりこの海兵隊上がりの人物は沖縄に上陸。 そこで皆敵兵に対して、殺される前に自死を選ぶ村人達に遭遇。 子供や大人も岸壁から海に飛び込んだ。 そこで見たボロボロの服を着た7才位の少女。 こちらの米兵に向けた“まばゆいほどの微笑み”は生涯忘れられないと言う。 別の兵隊は『あれは殺される運命に微笑んでいるんだ。仏教の教え。』 自分は『彼女の勇気こそ、あの地獄のような焦土化した戦地で見せた満面の“微笑み”こそ。叙勲に値する』としみじみ語った。 この場面の前に、家で突然倒れた一件で。 医師の『加齢!』の診断に。 改めて《自分に忍び寄る“死”》に考える所があった主人公は。 思い当たる《真理》をそこに見出だしていたのだ。 それまで何の信仰も持たず、人間は死んだらそれでお仕舞い。 魂なんてない。 全て“無”に帰するだけと硬くなに信条として生きてきたが。 『一人暮らしと孤独とは違う』 『独り(アローン)の語源はみんな一人(オールワン)だ』 と考え。やや意地を張って反発し生きてきたが。 ただ好きな煙草はよく通う食堂でも酒場でも。 喫煙は禁止されてきた。 けれど医師からは肺に異常がないから精神上、特例として『この人は辞めない方がいいかも』とも言われていた。 そこでの禁煙を通じての酒場の女店主や常連の客達との会話。 まるで〈生と死との禅問答〉のような話し合いになる。 『真実は自分が何者で何をするかであり、実体のある物に向き合い受け入れること。』 『俺達全員にとっての真理は全てなくなること。煙草もみんなも真っ暗な空(くう)へ。管理者などいない。』 『そこにあるのは無(ナッシング)だけ。』 『無ならどうする、“微笑むのさ”』 女店主はこのラッキーが他の店で〈出入り禁止〉の原因は喫煙よ。と鋭い目付きで。 煙草を吸おうとするラッキーをとがめていたが。 このラッキーの最近得た〈真理〉にやむを得なく。 “微笑み”返すのだ。 ラッキーの親友役にあのデビット・リンチ監督(「マルホランド・ドライブ」など)が出演。 長年飼っていたリクガメ(ルーズベルトと名付けた)がいなくなってと嘆いていたが。 友達のような存在に執着するんでなく。 縁があればまた合えると思うって言う役柄で存在感を示してる。 これが最後に。 ラッキーの散策する近くをこの亀🐢がユッタリ、ノッサノッサ歩く光景を見せるのもご愛嬌の幕切れだ。