
星ゆたか

ヒトラーの贋札
平均 3.3
2022.9.23 1939年ホロコースト下のドイツ。 サクセンハウゼン収容所で行われていた〔ベルンハルト作戦〕。 当時の最新技術で大規模贋造(がんぞう)の紙幣。ナチによる英国経済の崩壊を狙ってのポンド贋札製造。結果イギリスの当時の4倍の年間国家予算の金額を贋造したとも言われた。 集められた専門技術ようするユダヤ人捕虜十数名の一人。写真印刷技工士のアドルフ・ブルガーによる原作の映画化作品。 導入部にあたる危険で不安な収容所に入るあたりの描写。手持ちカメラで左右に揺れる映像、忙しく繋げられるカット割の場面転換。一気にこの異常な戦時下に落とし込まれた。 日本の「おくりびと」(滝田洋二郎監督・08年)の前年のアカデミー外国映画賞作品だそうです。 ブルガー氏は妻を収容所で亡くしているせいもあって、《正義》を楯(たて)に特に英国ポンド紙幣の贋造の成功後、この作戦チームに急がされた米国ドルの贋造には、最後まで非協力的態度を曲げない。 しかし映画の中心になる人物は、彼とは違い《生き伸びる》ためには、他のユダヤ人捕虜同様、ナチにへつらっても《今日の銃殺より明日のガス室》贋造の技術を提供し続けた、サリー・ソロヴィッチ、紙幣贋造のプロだ。 収容所に送られるまでは、身分証や紙幣の贋造に携わっていたが、ベルリンの犯罪捜査局・贋造紙幣課のヘルツオークに捕らえられた。 最初に入れられた収容所のユダヤ人囚人の扱いは、非道極まるものだったが、生きる希望のよすがに書いたスケッチが、ナチ将校に気に入られ収容所のお抱い絵描きと認められ、待遇もマシになっていく。 そして次に移送されたのが、あの贋造紙幣の作戦チームだった。 よく『芸は身を助ける』と言うが。この絵や歌の、または楽器のうまい人間は、この戦争時重宝されたようだ。 あのアウシュヴィッツ収容所でも、囚人の中から楽器の出来る者が集められ、古い楽器を与えられ練習、楽団として演奏したという。そもそもドイツ人は音楽を必要とする人間が多く、点呼・集合・体操・行進・慰労などなどで重宝されたとか。 この結果少し待遇が良くなり生き伸びた人もいたそうだ。 この贋造作戦に何故ユダヤ囚人が選ばれたか? それはあくまでも戦争中の時間限定だからで、秘密保持に戦争後は殺せばいいと考えられていたからだとも。 「サウルの息子」(ネメス・ラースロー監督15年作)における、収容所の死体処理の特殊部隊ゾンダーコマンドにも、ユダヤ囚人を使用したのと同じ扱い。順送りに抹殺するまでの利用人材なのだ。 ブルガーのサボタージュ(怠業)で遅れていたドル紙幣の贋造の目安もつき、その慰労のために開かれた謝肉祭。ある者は数名で裸ダンス。その中でイタリアのプッチーニ作曲のオペラ、♪トスカ♪を歌う若者がいた。 この〔トスカ〕という言葉は、ロシア語で(発音はタスカー)「暗愁」という意味の日本語になるそうです。ポルトガル語でサウダーデ(ブラジル風ならサウダージ、日本のポップスにもそんなタイトル曲が)アメリカのブルースにも似た感じでしょうか。 「暗く心を押しつぶすような感情。憂愁」 劇の初めと終わりの場面。 凄絶な体験をし、仲間の多くの惨たらしい犠牲の死に際も見てきた。 そして終戦を迎えたサリーが、モンテカルロの浜辺で、夜更けに一人酒瓶を抱え座り込む。 “救いようのない、逃れようのない暗澹たる気持ち”に、襲われ立ち上がることも出来ない。 それでもどこか、人間というものを、愛すべき、信ずべき存在として思いたいと願うのが、このような映画を見ていつも感じる所だ。 それでなかったら生きていけないではないか。