
星ゆたか

横道世之介
平均 3.5
2022.5 『あいつと出会えて、知っているってことだけで、ちょっと得した気分!』 2013年に公開された本作のなかで、登場人物の一人から放たれた言葉。 長崎県出身の青年が、大学進学のために上京し、周囲の人達と心の成長をしながら、やがてその魅力から、そう言われるようになる。 原作、人気作家吉田修一さん。(1968年生まれ) この年、同氏の「さよなら渓谷」(大森立嗣監督)も高く評価された。 私的には、同年読売新聞に毎朝「怒り」が連載され、ファンになり以降同氏の、ほとんどの原作小説を読むようになった。これは私にとっては珍しいことだ。多分小説の難しい解釈や分析より、単純に同氏の描く人間の感性が好きだからなのだと思う。 もう一つ原作に出てくる言葉。 『大切に育てるということは、大切なものを与えてやり、それを失った時に、どうやって乗り越えるか、その強さを教えてやること。』が心に残った。 “横道(よこみち)”は、本筋でない事柄とかいう意味がある。無駄なような経験も必要だということか。 “世之介”(よのすけ)は、井原西鶴の「好色一代男」に出てくる名前。 本作の大変魅力的なヒロインの、原作で言うセリフ。 『あまり世之介さん、世之介さん、って呼ばないで。それじゃまるで唐草傘貼りの浪人みたいじゃないですか!』というのがあり、笑わせてもらった。この唐草傘貼りの浪人というイメージ。古くは、1937年の山中貞雄監督の名作、「人情紙風船」をご覧あれ。 この物語の大学時代に知り合う人達を演じる俳優が、それぞれ若々しく微笑ましい。高良健吾、吉高由里子、池松壮亮、伊藤歩、綾野剛。 脚本を監督沖田修一さんと、幼なじみの前田司郎さん(1977年生まれ)が、手掛けた。 お嬢様育ちのヒロインは、主人公の田舎で、ベトナムからの難民の上陸騒ぎの事件を踏まえてから、後にアフリカ難民村の人材派遣活動に、従事するようになる。 一方で主人公は、カメラマンとして活躍するその十数年後に、東京の駅のホームから転落した女性を、もう一人の韓国人青年と助け上げようとして、列車に跳ねられ三人とも命を亡くす事故に遭う。それを告げたラジオのニュース音声が画面に被る人生をたどる。吉田修一さんの話には、よく社会的時事問題が、物語構成の真ずいに据えられている。 だから欲を言えば。この劇的な顛末を音声表示するだけでなく、人間性がカメラマン(むろん学生時代のそれで、片鱗は見て取れる)としてもにじみ出る、亡くなる前の彼のショットも、欲しかった。突然の死がそういう状況なら、彼なら取りえた承認行動となるから。 映画は2時間40分ほどの長さ。 1986年の学生時代の描写の中に、その十数年後の彼らの生き様が、所どころにカットバックされ、『そう言えば、あの世之介どうしてる?』と懐かしがられ、冒頭のような言葉が添えられるのだ。 そして青春真っ只中にいる時には気が付かないが。 若い時には様々な体験の中に、後から考えると、とても貴重な一瞬がある。そんな時どんな対応が出来るか、出来たか、ということなのだ。この皆から懐かしがられる主人公は、やはりいつでも“誠実”だった。 雪のクリスマスの時の彼。スキーで怪我し入院した彼女を見舞う時の彼。友達が彼女を妊娠させ男として自立する覚悟の時、一緒に引っ越しや出産の手伝いをしてくれた彼。別の友達の充たされない夜の公園に一緒に付いて来て、持っていたスイカを分けあって食べた彼。などなどいつでも横道くんは、ひたすら“誠実”だった。別にこうしてやったから、相手にこうして欲しいなどと思わない。自然にそうしたかっただけなのだ。あの劇的な駅のホームの転落した人の手伝すけだってそうなのだ。だからこういう人に出会えたことが、なんか得した気持ちになれたのではないだろうか。 監督自身が原作を読んだ印象。 『自分の18歳の頃を考えたら、目の前で起きることや、出会った人のことで精一杯だった。取り立ててそんな大きな目的や目標なんてなかった。いろんな人との繋がりの中で、少しずつ自分が定まっていって、アイデンテイを持つようになるまでの話。主人公がスタートラインに立つまでの話だな。』と。