レビュー
自身の幸福と向き合え! ♫Happines Buisiness♫なんて狂った歌がエンディングに流れる程度にはイカレた世界。作中でもワーカホリックと診断されるほどにHappines Buisinessな主人公アリスが、匂いを嗅ぐとハッピーな気持ちになれる植物を開発。息子のジョーよりも愛情を注いで大事に大事に育てたその植物にリトルジョーと名付け、育児(ジョー)と仕事(リトルジョー)のどっちが大事なんか問いかけるワークライフバランス映画。 ジェシカハウスナー監督のカンヌ初コンペ選出で話題になった現代版『ボディスナッチャー』。過去作においては、共産主義、ミージェネレーション、戦争…と時代に合わせた様々な価値観の台頭を恐怖として扱ってきたSFホラー界のレジェンドに独自アレンジを加え、ポジティブともネガティブとも取れるような奇妙な味わいを持つ珍作に仕上げている。 監督自身が参考にしたと語る2作目『SF/ボディスナッチャー』では、雨にのって地球上にやってきたエイリアンが花に寄生し、そこから侵略が始まるという、あくまで外的要因としての侵略者を描いていたけれど、本作においてはその侵略者は人間が創造する内的要因による侵略へと改変が行われており、潜在意識の表出としての意味合いをより強めている。 開発されたリトルジョーは自己で繁殖ができないように改良された植物。種の保存のためにリトルジョーは自分たちを愛でるよう人間を洗脳し、その代わりに人間に幸福の感情を与える。そしてそれを全ての人類に感染・伝搬させようとする。これは様々な事柄のメタファーとして見ることができるのだけど、その中でも私が強く感じたのは文字通りの幸福の伝搬要素。 仕事大好き人間なアリスは子供の相手を出来ないことに罪悪感を覚え、また潜在的に子どもの存在が邪魔だと感じている。でもそれは母親として表立って言うことは決してできない社会的なタブー。そのアリスが仕事に向ける情熱の中で開発したリトルジョーは、自身の真なる欲求と社会的モラルとの狭間で押し潰された潜在意識の表出だと読み取ることができる。 自分に向き合うように洗脳しそれにより幸福を与えるリトルジョーの存在は、言い換えれば自身の真なる欲求である潜在意識と真正面から向き合うことによって初めて真の幸福が生まれてくるのだということを訴える暗喩的装置として捉えられる。本作はアリスの物語であるためリトルジョーという形は取っているけれども、本作は社会的要求に縛られることのない真なる自分に向き合うことの必要性を提示したのだと感じた。そしてそれが世界に伝搬していくこと(=幸福の伝搬)を願っているのではないかと。 かつて危険因子の伝搬を描き続けた『ボディスナッチャー』であるけれども、社会からの要望に絡め取られることのない個としての幸福追求の伝搬は、社会的にはネガティブ・個としてはポジティブという両面を併せ持つものであり、本作ではそれが正しいかといった断定は意図的に避けられている。ただ、過度に社会からの圧力に押し込められることに批判的な視点を持っているのは間違いない。何が自分の真意なのか。それは誰かに形作られた虚構の感情ではないか。過去作で人間の孤独、社会との断絶、感情や愛情の曖昧さ・不確かさを描いてきたハウスナー監督らしい『ボディスナッチャー』だと私は感じた。 監督が原作でもオリジナルでもなく2作目をあげているけれど、確かにミージェネレーションを描いた『SF/ボディスナッチャー』が最も本作と近いね。
いいね 3コメント 0


    • 出典
    • サービス利用規約
    • プライバシーポリシー
    • 会社案内
    • © 2024 by WATCHA, Inc. All rights reserved.