リトル・ジョー
Little Joe
2019 · ドラマ/ホラー/ミステリー/SF · オーストリア, イギリス, ドイツ
105分
(C)COOP99 FILMPRODUKTION GMBH / LITTLE JOE PRODUCTIONS LTD / ESSENTIAL FILMPRODUKTION GMBH / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019



バイオ企業で新種の植物開発に取り組むシングルマザーのアリス(エミリー・ビーチャム)は、ある日、特殊な効果を持つ美しい真紅の花の開発に成功する。その花は、ある一定の条件-必ず暖かい場所で育てること、毎日欠かさず水をあげること、そして何よりも愛すること-を守ることで、持ち主に幸福感をもたらすという。そんななか、アリスは会社の規定を犯し、息子のジョー(キット・コナー)への贈り物として花を一鉢自宅に持ち帰る。だが“リトル・ジョー”と命名したその花が成長するにつれ、ジョーが奇妙な行動をとり始めるのだった。一方、アリスの同僚ベラ(ケリー・フォックス)は、愛犬ベロが一晩リトル・ジョーの温室に閉じ込められて以来、様子がおかしいと確信。その原因が花の花粉にあるのではないかと疑念を抱く。そして、アリスの助手クリス(ベン・ウィショー)もリトル・ジョーの花粉を吸い込み、いつもとは違う様子を見せ始めていた……。
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ジュネ
2.5
2020年103本目は、人を幸せにする不思議な植物がやがて不穏な影を呼び寄せる『リトル・ジョー』。 ------------------------------------------------------------ ザワザワと何か良くないことが起こりそうな気配を100分間延々とキープし続けるサスペンスで、「静寂」の2文字に相応しい内容となっています。各シーンで頻繁に使われる、和太鼓や尺八を用いた謎の日本風BGMもこれまた印象的で、良くも悪くも「風変わり」な一作になっていることは間違いありません。リトル・ジョーは確かに花粉を吸った人間にとっては開放的な気分となり、幸福感を感じます。 ------------------------------------------------------------ ところがその周囲にいる人間にとっては、まるで違う世界に行ってしまったかのような疎外感や孤独感を味あわせることとなります。これはマリファナやコカイン、最近ではそれ以上に社会問題化しているオピオイドといった「薬物」の暗喩なのでしょう。いつの間にか知らない形でコミュニティに溶け込み人間を支配する、劇的なドラッグが誕生する日が来るかもしれません。 ------------------------------------------------------------ とはいえ話をやたらと冗長に引き延ばしている感は否めず、リトル・ジョーが人々にもたらす変化も、傍目から見ると「単に考え方が変わっただけじゃないの?」という程度。物語の浮き沈みがあまりにも極少で正直眠くなってきますし、もうちょっと分かりやすい事件や暴力を取り入れても良かったのでは…と空気の読めない提案の1つもしたくなる1作でした。
星ゆたか
2.5
2022.9.1 シングルマザーのアリスは一人息子ジョーと暮らしながら、バイオ企業で新種の植物開発に取り組んでいる。 主演のエミリー・ビーチャムがカンヌ映画祭で女優賞をとの情報で鑑賞。 植物が人々に不気味な恐怖を、ジワジワともたらすスリラーでした。 新種の植物開発は近来、適応力や耐性が重視される。旅行に出て放っておいても大丈夫な植物。そこでは“香り”は二の次なので。 《ハッピーにしてくれる香り》の研究に乗りだす。その香りは母親ホルモンと呼ばれる“オキシントン”の分泌を誘発する。定期的な水やりと温度調節(かなり高温)が必要で、愛情をこめ、それこそ人と同じ触れられ話かけられるのが好きな植物なのだ。さらに気分を高めウツを防ぐ“幸せの植物”として売りこめばかなりの需要が見込めると。 ただ香りのいい幸せな気分にしてくれる植物なら、香水のもとにされる〔バラ〕を筆頭に数々の花が既に実在している。家の外で道ゆく人々を楽しませ、家の中では鉢や切り花にして生活を和ませてくれる。それにこの映画に紹介されたその花の“見栄え”は、残念ながらどう見ても数あるライバルを蹴散らすほどの魅力はナイ! この紅い花は“リトル・ジヨー”と名付けられ、その登場場面に必ずテーマ音楽のように流されるのが、日本の雅楽のような笛と尺八と太鼓、時には琴の音すら聞こえる。母親が料理が苦手で映画の始めに勤め帰りに買ってきたのは、【活】と名乗った紙袋の日本食の“伝六寿司”弁当。息子もお馴染みなのか上手に箸を持っていなり寿司などを食べ始めた。この日本通は何か意味合いがあるのだろうか? “リトル・ジヨー”はその植物自体が、種子を生じない〔不稔性〕の特性を持つ。それは不稔性の雄株の反応かと思われるが正確には分からない。研究者の中には子孫を残せないのは不自然、生殖こそ生物の存在意義との意見もある。 その試作のため新しいウイルスベクターのRウイルスを開発に使用した。まだ法律上認知されてない違法の取り扱いだ。展覧会出品にどうしても急いだ判断だった。そのため不稔性のリトルジヨーは、生き延びるための術として、自分たちを守ってくれるように人々を感染させ、一人ひとりの人格を変えていく。花粉は鼻を通って嗅覚受容体に到達。嗅覚情報は大脳辺緑系へ伝達。そこは感情を司る部分。行動やパーソナリテイを左右する。オキシトシンが影響を及ぼす部分でもあった。 しかしこの植物のもたらす魔力。 香りの影響力は、はた目では感染者もさほど変化もなく、環境に馴染みながらの“侵食”で、しかも温度調節管理が必修なので、よく外来種の雑草が、在来種の植物の成長を妨げるような形態で進むのと同じで、その辺が映画的には、強いスピードのある衝撃性の内容にならなかった。 母親は仕事優先で年頃の息子に対する子育てのネグレクト(精神病質)の罪悪感ありの診断、“仕事中毒”とするカウンセラーの話もある。この年配の少し見た目派手な女医さんや、新種開発の研究所で始めに所員の異変に気づき、警告を発するベテランの女性などは、いかにもドイツ人風合いの造詣を感じさせる。 そして人格異変される前のその息子は、花粉症で自然派の暮らしの別れた父親との定期的の面談も億劫がった。 しかし花粉の影響で人が変わってからは、母親との生活より父親との暮らしを選び家を出ていく。少年から青年期への成長の移行ともとれる。 その父親との生活で、もしかしたら自己免疫力でもかで、前の人格を成長しつつ取り戻すことになるのだろうか? 母親も最後は同じく感染し、一人の生活に。それまでの“不安”(親の子離れ)も払拭されて、〔種の拡大〕の仕事に就労してゆく。 かつて「ボデイ・スナッチャー」(56年と78年)という宇宙異性植物の侵略を描いた作品があった。あの物語での人格異変はまるで別人になったとの印象を、その前後で示した。 しかしこの作品での変化は少し違う。 話かけてもどこか上の空。昔とはどこか違う程度。けれど同じ認識でそれまでどうりに振る舞っていても、その相手の変化に応じるためには、やはり同じようにお互い感染されるしかない。 『まるで自分が誰かになって劇や映画の中にいるような気がする。』という。ただそんな自分をどこか(幽体離脱して)、俯瞰して見ている気分だとも。 どこか冷静な所も残しつつと言う。 これってもしかしたら映画を見ている感覚にも通じるかもね。だとしたらそんな人は、既に映画という魔力に感染しているのかもヨッ‥‥OH MY GOD!。
toa
3.0
アザミのような新種の花リトル・ジョー。 変な映画だけど嫌いじゃない。ジワジワ来る系でした。 その変化は自然なのか?前と違うのは変化とも成長とも言えるし、人が暮らす複雑な環境を思えば変数は無数にあるわけで、これは想像以上に"見方"を考えさせる。 奇妙さを演出する緑と赤のカラーリングが効いてる。雅楽のような音響は欧州好みなのかな? 主演がカンヌ受賞らしいが、ジョー役のキット・コナーも負けてなかったと思う。 ベン・ウィショーがいる職場いいな。 あと、犬は何も悪くない。
horahuki
4.0
自身の幸福と向き合え! ♫Happines Buisiness♫なんて狂った歌がエンディングに流れる程度にはイカレた世界。作中でもワーカホリックと診断されるほどにHappines Buisinessな主人公アリスが、匂いを嗅ぐとハッピーな気持ちになれる植物を開発。息子のジョーよりも愛情を注いで大事に大事に育てたその植物にリトルジョーと名付け、育児(ジョー)と仕事(リトルジョー)のどっちが大事なんか問いかけるワークライフバランス映画。 ジェシカハウスナー監督のカンヌ初コンペ選出で話題になった現代版『ボディスナッチャー』。過去作においては、共産主義、ミージェネレーション、戦争…と時代に合わせた様々な価値観の台頭を恐怖として扱ってきたSFホラー界のレジェンドに独自アレンジを加え、ポジティブともネガティブとも取れるような奇妙な味わいを持つ珍作に仕上げている。 監督自身が参考にしたと語る2作目『SF/ボディスナッチャー』では、雨にのって地球上にやってきたエイリアンが花に寄生し、そこから侵略が始まるという、あくまで外的要因としての侵略者を描いていたけれど、本作においてはその侵略者は人間が創造する内的要因による侵略へと改変が行われており、潜在意識の表出としての意味合いをより強めている。 開発されたリトルジョーは自己で繁殖ができないように改良された植物。種の保存のためにリトルジョーは自分たちを愛でるよう人間を洗脳し、その代わりに人間に幸福の感情を与える。そしてそれを全ての人類に感染・伝搬させようとする。これは様々な事柄のメタファーとして見ることができるのだけど、その中でも私が強く感じたのは文字通りの幸福の伝搬要素。 仕事大好き人間なアリスは子供の相手を出来ないことに罪悪感を覚え、また潜在的に子どもの存在が邪魔だと感じている。でもそれは母親として表立って言うことは決してできない社会的なタブー。そのアリスが仕事に向ける情熱の中で開発したリトルジョーは、自身の真なる欲求と社会的モラルとの狭間で押し潰された潜在意識の表出だと読み取ることができる。 自分に向き合うように洗脳しそれにより幸福を与えるリトルジョーの存在は、言い換えれば自身の真なる欲求である潜在意識と真正面から向き合うことによって初めて真の幸福が生まれてくるのだということを訴える暗喩的装置として捉えられる。本作はアリスの物語であるためリトルジョーという形は取っているけれども、本作は社会的要求に縛られることのない真なる自分に向き合うことの必要性を提示したのだと感じた。そしてそれが世界に伝搬していくこと(=幸福の伝搬)を願っているのではないかと。 かつて危険因子の伝搬を描き続けた『ボディスナッチャー』であるけれども、社会からの要望に絡め取られることのない個としての幸福追求の伝搬は、社会的にはネガティブ・個としてはポジティブという両面を併せ持つものであり、本作ではそれが正しいかといった断定は意図的に避けられている。ただ、過度に社会からの圧力に押し込められることに批判的な視点を持っているのは間違いない。何が自分の真意なのか。それは誰かに形作られた虚構の感情ではないか。過去作で人間の孤独、社会との断絶、感情や愛情の曖昧さ・不確かさを描いてきたハウスナー監督らしい『ボディスナッチャー』だと私は感じた。 監督が原作でもオリジナルでもなく2作目をあげているけれど、確かにミージェネレーションを描いた『SF/ボディスナッチャー』が最も本作と近いね。
うにゃ
3.5
ネタバレがあります!!
まりぬ
3.5
植物って、身近にあるけどミステリアスな存在。 ラスボスは実は植物、っていう作品結構あるよね。 でもなんだろうなー。 植物自体は動いて人を襲ったりする訳じゃないから、そこのインパクトをやけにジャパニーズな音が担ってたのかどうかはわからんけど、ちょっと浮いてた笑 そして犬が!!犠牲になっとるやないか!!😭 あとベラは結局どうなったのよ!笑 助かってたところで末路は見えてるけど笑 もっと狂気性あるのかなーって思ったけどみんな穏やかに無になっていってて、アリスは怖いんだろうけど見てるこっちにはあまり伝わってこなかった。 でもジョーと彼女が冗談じゃない冗談言って笑ってるところは結構怖かったかな。 あの世界じゃみんながリトル・ジョーの家族になっちゃって静かに滅亡していくんだろうな。 ……そう思ったらこわっ。笑
ゆき
1.5
音楽と映像が合わない。音が大きすぎて、うるさい。
1211
3.5
事実としてバッドエンドではないがそれでいいんだろうかという展開をする物語は好きだなあ
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