レビュー
金木研

金木研

2 years ago

4.5


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M(1931)

映画 ・ 1931

平均 3.7

目は盲いても、耳は見ている。 大好きなフリッツ・ラングの名作。 幼女を狙った連続殺人鬼に翻弄される民衆、犯罪者と警察の姿を描く。 俺が観てきたラング・ハルボウ脚本で初めてメロドラマなしの作品だった。さらにいえば今までのサスペンス性を保ちつつ、メロドラマだった部分をよりシリアスかつ社会派なメッセージに置き換えたことによって上質なフィルム・ノワールに仕上がっている。 民衆に疑心の種を植え付けて、そこから生まれる混沌をコントロールするのが抜群に上手い。こういうテーマのサスペンスを描くので彼らの右に出るものはいない。 いざという時にヒール役を買って出られる犯罪者という役割はいつ見ても興味深い。 もちろんそれでも犯罪者に変わりはないから、断罪されるべきではあるけど、有事の際に市民にも政府にもできないようなことを率先して行えるのは「無敵の人」たる犯罪者の役割だと思った。ヤクザみたいな感じ。 それを褒めてはいけないという複雑さ。でも本作の犯罪者組織の躍動を見ていると応援せずにはいられないよ。 犯罪者は犯罪者でも、子供を守るためとなれば彼らの良心も疼くものだ... といった正義感によって動くわけじゃなくて、ちゃんと損得勘定で動くところが本作の犯罪者たちにリアリティを付していた。 最重要事項は己の利益を守ること。それでも偽善なりに善を尽くす。 あろうことか本来は対立する正義が意図せずとも利害の一致によって同じ目的のために動く。お互いにお互いの動向に気づいているわけじゃないのも面白い。 ネットとか携帯電話がない時代ならではの人海戦術が見もの。 みんなタバコふかし過ぎ。煙で画面真っ白。 黒澤明は絶対この映画を参考にして『天国と地獄』を作った。倒叙ミステリーの構造がほとんど一緒。警察捜査部分なんて特に。犯人の姿を時折ちょい見せする感じとか、捜査網が徐々に犯人に迫っていく感じも。 口笛。隣の部屋の叫び声。劇伴が無い作品だから、静寂や音に対する感度が上がっている鑑賞者に様々な音を印象付ける演出が見事。 完全に見た目で判断してるけど、今リメイクするとなればブレンダン・フレイザーだね。 終盤の法廷劇は圧巻。 信じられんくらい後味最悪だった。 あまりに最後のセリフがぶつ切り過ぎて生々しいよ... そんな終わり方ある...? 傑作。それでも俺の中のフリッツ・ラング最高傑作は変わらず『ドクトル・マブゼ』。