トイ・ストーリー4
Toy Story 4
2019 · アニメーション/ファミリー/ファンタジー/アドベンチャー/コメディ · アメリカ
100分
(C)2019 Disney/Pixar. All Rights Reserved.



ウッディ(声:トム・ハンクス)、バズ(ティム・アレン)ら仲間たちは、新たな持ち主ボニーを見守っていた。そんな彼らの前に、彼女の一番のお気に入りで手作りおもちゃのフォーキー(トニー・ヘイル)が現れる。しかし、フォーキーは自分をゴミだと思い逃げ出してしまう。ボニーのためにフォーキーを探しに行ったウッディは、一度も愛されたことのないおもちゃや、かつての仲間ボー(アニー・ポッツ)との運命的な出会いを果たし、見たこともない新しい世界にたどりつく。最後にウッディは、驚くべき決断をする……。
🌙 抜け殻になっても、感情は消えない
「ぬけがら」都度課金開始✨
🌙 抜け殻になっても、感情は消えない
「ぬけがら」都度課金開始✨
あかり
3.0
ネタバレがあります!!
Chad
4.0
無限の彼方へ飛ぶ待望のトイストーリー最終作。 始まりはシリーズお決まりの青空に雲が浮かんでる壁とお馴染みの主題歌"You've Got a Friend in Me"。 アンディからもらったボニーのおもちゃ達は毎日ウッディの指示でボニーと遊ぶ日常が続く中、どんどんウッディはボニーの中で忘れられていく。そして幼稚園でボニーがゴミで作ったフォーキーが現れ彼は自分がボニーの1番のお気に入りのおもちゃだと知らずゴミ箱で過ごすため逃げ出してしまう。ボニーに忘れられたことを自覚したウッディはフォーキーをゴミ箱からボニーの元に返すことを自分の唯一の使命だと思い冒険へ出る。しかし冒険で出会ったのはウッディのボイスボックスを狙う子供達に忘れられた人形ギャビーと離れ離れになったウッディの恋人ボーだった。そしてフォーキー人質にしてボイスボックスを得ようとするギャビーからウッディはボーと新たな仲間達と、フォーキーを取り戻しに共に戦う。 4作目も結局は3作目に劣らない傑作だった。最初は3作目で終わらせてとよかっただろって思ったけど、これはこれで最高の感動と20年ほど前にみた一作目の思い出を蘇らせてくれた涙の作品だった。新キャラも全く違和感もなく、子供達に忘れられるおもちゃを題材にいろいろな教訓があった。特にダッキー&バニーを演じたキー&ピールもギャグセンスが最高だったし、昔から好きだったキー&ピール感がストーリーの面白さを引き立ててくれた。またキアヌのデュークカブーンも衝撃だったがいい味を出してた。そしてなによりもボーの性格が今までのシリーズよりもっと活発的で衣装もドレスじゃなくて動きやすいズボンを履いたのをみたらPC主義とフェミニズムがうまく溶け込んでて子供用のアニメではなく大人用の映画だってことに気づいた。どんなおもちゃもそれぞれの苦悩をもってて冒険や葛藤を通して自分のアイデンティティを探しにいくという素晴らしい教訓を含んでいた。きっとピクサーは昔からリーダーとして努めてきたが忘れられたウッディ、愛する人におもちゃとして選ばれため縋るギャビー、過大広告によって捨てられ自信をなくしたデュークや自由を求め冒険を好むボーやいろんなおもちゃを通して今を悩んでる大人になにかを伝えたかったんだろう。これだからピクサーは20年が経っても相変わらず最高だということを気付いた。もうこれからトイストーリーはないがこれからのピクサー映画が楽しみでしょうがない。 だから今までのシリーズをみてなかったり3作目に余韻が残ってて鑑賞しようか迷って人は必ずみることをお勧めします。
ゆうたま
1.5
トイストーリーシリーズは大好きで、劇場で観るのは本作が初めて。極力事前情報なしで劇場へ行きました。…が、この結末は確かに賛否分かれますね。とにかくウッディ好きな人は絶対に胸が苦しくなる脚本。思ったままを書くので支離滅裂なレビューになるかもしれませんが、もやもやするのでここに吐き出します。 「続編は作らない方がよかった」「3でやめておけばよかったのに」などの感想が出るのは人気作とみれば次々に続編が制作される洋画あるあるですし、ただの蛇足的な作品ならまだ良かった。しかし本作はこれまで1~3で丁寧に描いてきたものを根底から覆してしまっているので、3での感動的かつ完璧過ぎるラストに感動出来なくなってしまいます。この罪は重い。私は続編と聞いた時に素直に喜べないほど3がシリーズ中一番好きで、すべての映画の中でも上位に入るほどお気に入りの映画です。そういった方、多いのでは?私と同じような方がいらしたら、4は観ない方がいいと勧めたいくらいです。 具体的に言うと、アンディからおもちゃを託されたボニー。彼女は男の子用のおもちゃも女の子用のおもちゃも分け隔てなく平等に遊んであげられる心優しい女の子でした。だからこそ、アンディは一度譲るのを躊躇いながらも「この子なら大丈夫だ」と信じて大事なともだち=ウッディをボニーに託したのです。ところがですよ。本作のボニーはアンディと交わした約束なんてどこへやら。ウッディはないがしろにされ、クローゼットでほこりを被ってしまっている。それも、特に何の理由も明示されずに!この点が全く理解出来なかった。ボニーが成長するにつれて男の子用のおもちゃで遊ぶのが恥ずかしくなったとか、古臭いカウボーイのおもちゃを友達にからかわれたとか、何か明確な理由があるならまだしも。なぜかウッディだけがのけ者扱い。ベッドの下に落ちていたウッディの顔をボニーのパパが気付かずに踏み付けるシーンなんか、制作側は笑いどころのつもりかもしれないけど観ていて心が痛くなりました。なんで?ボニーはおもちゃを平等に愛せる子じゃなかったの?「私のカウボーイだ」って言ってた頃のボニーが恋しいです。小さい子供なんて約束もすぐに破るしおもちゃにだってすぐ飽きる、と言ってしまえばそれまでですがあまりにひどい。フォーキーフォーキー言っててウッディがいない事にすら気付かないし、まるで別人みたいです。俺に出来る事はこれしかない、ってボロボロになりながらフォーキーのお守りをして、追い詰められていくウッディなんて見たくなかったな。あのラストに繋げる為に、設定を強引に捻じ曲げたようにしか思えない。 そしてここでも疑問。自分はゴミだと言って聞かないフォーキーのお世話、なんでウッディ一人だけにやらせるの?バズは代わろうかって声掛けてたけど…いくらウッディが俺の仕事だから手伝いはいらない!って言ったにしても、他のみんなは見て見ぬフリなの? 相棒バズも本作での活躍・見どころはそれほどなく、むしろいなくてもストーリーには問題ないのでは?ってレベル。あほの子みたいにスイッチ押しまくってて、ウッディとの信頼関係もほとんど描かれてない。バズってもっと頼りになるキャラクターだったような…。 バズさえもこの扱いですから、他のお馴染みのキャラクター達も存在感はまるでないです。ジェシー、レックス、ハム、ポテトヘッド夫妻、ブルズアイ、スリンキー、リトルグリーンメン…予告やグッズにはたくさんいるのにほぼ活躍しません。(グッズにはいたりするけど、ロッツォも出てこないよ!)今まではおもちゃ達それぞれに個性・役割があって、それを活かしながらみんなで困難を乗り越えてきてたのに…今回はウッディの単独行動で、他のおもちゃ達は車で待つだけ。ウッディを探しに行こう!とかならないのかな…あと、タイヤをパンクさせるくらいまではまだ許せましたがブレーキとアクセルを操作したりナビになったりするのはおもちゃの鉄の掟を破りすぎな気が…。おもちゃ達が人知れず奮闘するのが今までのトイストーリーだったのに、今回は人間に見られたり干渉したりし過ぎだと思う。 お馴染みのキャラクター達が空気になった代わりに、新キャラクターが活躍します。まず本作のキーキャラクターであるフォーキーは動きも愛くるしくて憎めないヤツです。ダッキー&バニーもふわふわもふもふでかわいい!…けど、あんなに持ち主を欲しがっていた2人が特別な理由もなくあっさりあちら側についたのには少々違和感。 ギャビーはなんか最後美談っぽく描かれてますが、結局やったことはフォーキーを人質にウッディのボイスボックスを半ば無理やり奪う⇒結果、お目当ての少女に持ち帰ってもらうはずが失敗してやっぱり返すとか言い出す。ですから、うん、めちゃくちゃです。ウッディにとってあの背中の輪っか、唯一アンディとコミュニケーションが図れるあの機能、どれだけ大事なものだったか…言うなれば人形の心臓部分ですよ。ウッディは最後、ジェシーに保安官のバッジも譲っちゃうし、ウッディだけ色々大事な物を失い過ぎて悲しいです。ギャビーは最後、迷子になってる女の子に連れて行ってもらえますが、あれもあんな状態のいいお人形を娘が拾って来て両親が何も言わないの変じゃないですか?あれだけ子供がいるんだし、誰か他の子の持ち物かも、とか思わないんですかね。 ボーが再登場してくれたのは嬉しいけど、なんか性格キツくなってるような気がして「ただ私の言う通りにして」とか「あなたは立ってればそれでいいの」とか言われてるウッディがかわいそうになりました…。ボーも様々なつらい経験を経て自立した女性になったのでしょうから、それくらいたくましくないとダメなのかもしれませんが。最近のディズニーは自立したかっこいい女性像が好きですね。最近だと実写版アラジンのジャスミンとか。 最も賛否両論渦巻いてるのは最後のウッディの決断ですが、あれでほんとにウッディというキャラクターが死んでしまったと思います。今までのウッディは、子供たちの側にいて楽しませてあげる事こそがおもちゃの役目・幸せだと感じていたし、どんな時も仲間のことを一番に考える仲間思いの性格でした。その彼が、最後に一人だけ自由になる選択をするのか?仲間を見捨ててでも?ボーと離れがたい気持ちもわかるけど…じゃあ、冒頭の別れはなんだったの?って感じ。ボーなら「あなたにはまだ持ち主がいるでしょ?みんなをよろしくね。保安官」ってあの時みたいに言ってくれそうなのに…。しかもみんな物分かり良すぎない?!あんなにあっさりお別れなんてしないで欲しかった。アンディと一緒に大学に行く選択肢を捨ててまで、今までずーっと一緒に居た仲間たちだよね?それもウッディがその決断をするまでの行動を見ていたならまだしも、車で待ってただけだよね。やっと帰って来たと思ったら出て行くってなって、みんなそれで納得出来るの?いやだ!行かないでよウッディ!って止めてほしかった。子供はたくさんいるとか世界は広いんだとか、初めて子供部屋から外に出たおもちゃならいざ知らず、ウッディは何度も冒険して来てサニーサイドだって見てるんだから知ってるよ!それが出て行く決心に至った理由だとしたら弱い。弱すぎる。ボニーにないがしろにされていたとしても、捨てられたわけでもないのに。もしもアンディがそれを知ったらどう思うの?ボニーは責任感じて心に傷を負うのでは?それなら、3でみんな一緒に屋根裏部屋にしまわれた方が良かったとさえ思う。ボニーを嫌いになってしまいそう。 つらつらと長文で書きましたが、シリーズのファンでも好意的に受け止めている方はいらっしゃるので、この結末は人それぞれ感じ方が違うと思います。私は受け止めるのに少し時間が掛かると思いますが。
てっぺい
4.0
【可愛さのマシンガン映画】 何もしなくても可愛いおもちゃ達が、飛んで跳ねてほぼコントにまで至る、もうマシンガン級の可愛さの連打。加えて本作は“命の倫理”に及ぶ骨太テーマも乗り、鑑賞後は充足感に浸る。 ◆概要 「インサイド・ヘッド」脚本のジョシュ・クーリーが長編初監督。ボー・ピープが「トイ・ストーリー2」以来19年ぶりに再登場。声の出演に「フォレストガンプ」のトム・ハンクス、「マトリックス」シリーズのキアヌ・リーブスら。劇中にはカールじいさんやモンスターズインクなど、ピクサー作品のオマージュが多数登場(「トイストーリー4」のWikiより)。 ◆ストーリー ウッディたちの新しい持ち主となったボニーは、幼稚園の工作で作ったフォーキーを家に持ち帰る。ウッディ達の迎え入れられたフォーキーだったが、自分を「ゴミ」だと認識し、ゴミ箱に捨てられようとボニーのもとを逃げ出してしまう。仲間たちはフォーキーの捜索に乗り出すが……。 ◆感想 相変わらずおもちゃ達の可愛さ爆発。かつ本作は、“おもちゃにとっての本当の幸せとは”そんなテーマを語りかけてくる。“あなたはまだ本当のトイストーリーを知らないー”映画のキャッチコピーの通り、前作までとは少しだけ違うそんな芯の太さに、鑑賞後の満足感がまたひとしお。 まずは何と言ってもおもちゃ達の愛らしさ。自分の“内なる心”をボタン連打で何度も試してしまうバズや、ボニーの帽子屋おままごとの1番のパートナーとなったジェシー、コインに目がないポークチョップなどおなじみのメンバー達が、新しい持ち主の元で新しいおもちゃ達と仲良くやる冒頭からホッとする笑。(個人的にはトトロやエイリアンがあまり見当たらず残念)前作で突然いなくなっていたボー・ピープの過去も明らかにされ、むしろその分主役級の活躍だったのは、シリーズファンに向けての懺悔か笑。何度もゴミ箱に帰ろうとするフォーキーと、その度にそれを制する世話焼きウッディは、もうドリフ以上にテッパンな笑いのマシンガンでした笑。 新キャラ達の愛らしさも満載。ダッキー&バニーがバズと妄想した鍵取り合戦も爆笑だったし、ギャビーの結局はまっすぐな愛情欲にもほだされた。 ◆ 以下ネタバレ ◆ そして終始問いかけてくる、おもちゃにとっての本当の幸せとは何か、なテーマ。アンディの時ほどは愛されなくなっても、ボニーのためにとフォーキーの世話を焼くウッディ。ゴミはゴミらしく、と悲観的なフォーキー。過去に持ち主との別れを経験し、おもちゃとしての別の生き方をとったボー。一度だけでも愛されたいと願うギャビー。ギャビーのためについには発声機を譲るウッディ。そしておもちゃとしての別の生き方を選んだウッディ。様々な立場のおもちゃがいて、“人間に吹き込まれた命は必ずしも人間に尽くすだけのものではない”なんだか命の倫理に関わる骨太なテーマに、ずっしり考えさせられるラストになってました。新しく生まれたフォーキーの仲間のセリフ“なぜ私は生きてるの?”も、軽くも重くも受け止められる。 それでもやっぱり、ギャビーが幸せを掴む遊園地でのシーンには単純に涙腺崩壊スイッチをもってかれました。 おもちゃを大切に、ただそれだけでは到底ない、命を吹き込まれたものが取る選択。それはおもちゃの目線で、おもちゃの世界にいざなってくれるこのシリーズが、辿り着くべき真のテーマなのかも知れない。 少し余談ながら、暗闇に怯え過呼吸になりかけるジェシーの描写や、ウッディがフォーキーに語った、自分を本物のスペースレンジャーだと思い込んでいたバズの昔話は、シリーズファンへの過去問を出されたような感覚笑。見逃してしまった過去問があるだろうか?? 最後に、映画を通してボニーのパパがただの災難でしかなかった事と笑、クレジットラストでデュークとハイタッチが出来た軍人トイに拍手!(3番目の軍人トイだけ、劇中でウッディとハイタッチ出来なかったのを見逃さなかった笑) レビューを書きながら思い出してまたニヤニヤしてしまうこのシリーズ。是非次回作にも期待したい!
隣の唐十郎
5.0
このシリーズはどれも⭐️5以上です。が、 前作3が⭐️7なら、本作はぴったり⭐︎5かな。 いよいよ本当に[子供に飽きられてしまったオモチャ]を描くという…まさかウッディがね〜… オモチャにとっては[死]に等しいけっこうハードな展開。悲しいです。 持主のいないオモチャとして新たな世界に旅立つって…野良のオモチャって[ゴミ]と同じでは? ゴミに新しい形が与えられて[オモチャ]としての[生]が発する展開が哲学的。 [ゴミ]と[オモチャ]の境界はかなり曖昧なのか。 100パーセント[ゴミ]の世界を見たくなった。
セイクク
4.0
傑作CGアニメの最終作品(本当?)です。 CGのクオリティは過去最高で作品としてもなかなか面白いと思います。 しかし…この作品ではトイストーリー3で満足した人を納得させるのは難しいでしょう。 作品としては今までと比べると異質な作品でキャラクターの性格が変わり、単純なストーリーからいくつかのストーリーが並列するやや難しい展開に変わっています。 そしてキャラクター販売が絡んでいるのか相変わらず新キャラがわんさか出ます(笑) やはり前作において高い完成度で完結している為、どんな事を描いても蛇足になってしまいますね…(*´Д`*) ただ悪い内容ばかりではなくギャビー・ギャビーの話は今までの性格が悪いだけの悪役とは違い一捻りあり良かったと思います。 あとは一概に単なるハッピーエンドとはいえない賛否両論あるラストで、今までの作品と全く違うタイプですからこれもまた評価が難しいですね(^_^;) 本作のラストも悪くはないのですが個人的には3の方が圧倒的に良かったです。 まとめると作品としてはなかなかの作品ですが、過去の作品との関連性や3との比較が入ると残念ながら途端に厳しい評価にならざるを得ない映画です。 ※あかりさんのコメントを見て確認しましたが、今回はジョン・ラセターが関わっていないんですね(T_T) 彼がどれほどトイ・ストーリーに思い入れがあり苦労したかはスティーブ・ジョブズの本を読むと分かります。 しかしいくら天才でもセクハラで退社したみたいなのでしょうがないですが、トイ・ストーリーだけは永久欠番でよかったのかも。 作品はロバート・ゼメキスのいないバック・トゥ・ザ・ヒューチャーみたいなものです(^_^;)
たん
3.5
無限の彼方へ、さぁ行くぞ。 ・なぜこの映画を劇場で見なかったか。3があまりにも奇跡的で切なさを感じるまでに完璧な終わり方をしていた為、「ん?いや今さら何を描くの?」となったからで、怖くて見ることができなかった。 ディズニープラスに入ることが無ければ、恐らく一生見なかったかもしれない。 ・結果、正直評価が非常に難しい。「これが単独作品なら」と何度思ったか。「子どもを楽しませる、それが幸せ。おもちゃとしての使命を全うしたら、次の子どもへ紡がれる輪廻、愛のバトン。まさにおもちゃ物語=トイストーリー」に対しての、アンチテーゼとして、別作品で作られるならとても興味深い試みだと思えた。 ・本作では、ウッディは、持ち主のボニーから必要とされなくなり、自分の存在意義を「フォーキーを守ること」に見出し、それに囚われ始める。 最後にはボイスボックスも取られて、持ち主有りのおもちゃとしてのアイデンティティだけでなく、おもちゃそのものとしてのアイデンティティも失ってしまう。どうなるのかと、なかなかおもしろかった。 ・そこで糸が切れたのか、最後にはボーを選んでしまう。非常に評価が分かれるところだが、思うに本作は、「おもちゃとしてのウッディ」からさらに飛び越えて「この地球に存在する1人のウッディ」という個人的なものにフォーカスした作品なのかもしれない。 ・ただ、冒頭のウッディの足の裏のボニーとか、伏線になりそうなところはあったような。 さらにラストの「なぜ私たちは(ゴミなのに、ひいてはオモチャなのに)生きているの?」に対するカメラ目線の「なんでだろう?」。これはなんだか意味深。 ・自分の人生を考えたときに、本当の幸せをボーに見出し、下した決断。何かこう、世界の向こう側というか。宗教の違い?これはアメリカならではというか、このラストが激賞されるのがアメリカという国なのだなぁとふと思った。 ・余談だが、僕の大好きなグッドウィルハンティングも、最後マットデイモンがベンアフレックに何も言わずに女の方を選ぶし、仕事やプライベートでの「仲間」という意識が我々とは違うのかもしれない。 日本人は「俺たちのこの日々(幸せな状態・冒険・旅)はまだまだ続く。続くったら続く。」的な、曖昧やけどポジティブなエンドに慣れているからかしら。 ・どうでした?そんなこと考えませんでしたか?あ、考えませんでしたか。すんません。
nao
3.5
"持ち主を喜ばせるのがおもちゃの務め"というおもちゃたちの普遍のはずだったテーマを大きく覆し、キャラクターのアイデンティティを根底から揺さぶったこの4作目 なぜ、ウッディは、あの決断をしたのか シリーズの最終作品として示される決断としては、理解できるし、そこに行き着く必然性も感じる ただ、ずっとそうやって生きてきたウッディが、なぜその決断をするのか、そこの心理描写や変化は、きっちりとは描かれていなかった だから、"こうあるべき"という固定概念を打ち払うメッセージが込められていても、それが素直に響いてはきませんでした。 もちろん、いろいろな解釈があるんだろうけど..シリーズのファンから見れば低評価の声が出るのも無理もない気もする 自分もできれば、3で終わらせてほしかった… でも、見方を変えれば、これで持ち主のためでは無いおもちゃ自身の本当のトイストーリーになったのかなとも思います😀
さらに多くのコメントを見るには、ログインしてください!