エイジ・オブ・イノセンス 汚れなき情事
The Age of Innocence
1993 · ドラマ/ラブロマンス · アメリカ
136分



1870年代初頭のある夕べ、若き弁護士のニューランド・アーチャー(ダニエル・デイ・ルイス)や、その婚約者メイ・ウェランド(ウィノナ・ライダー)と彼女の母親ウェランド夫人(ジェラルディン・チャップリン)をはじめ、ニューヨーク社交界の人々がオペラ会場に集った。ひときわ注目を引いたのは、夫から逃れてヨーロッパから帰国したという噂のエレン・オレンスカ伯爵夫人(ミシェル・ファイファー)だった。ニューランドは幼なじみのエレンの出現に心を揺さぶられた。外聞をはばかるエレンの一族は離婚を思いとどまらせようと、ニューランドを使者に立てる。だが、彼女の率直な態度や考え方に、厳格で欺瞞に満ちた社交界にない新しさを感じた彼は、メイという申し分のない結婚相手がいながら、エレンに引かれていく。
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LIBRO
3.0
貴族の優雅さ、エレガンスさは凄いのだが、もう一度見たいかと言われると微妙。三人の配役も絶妙で、そんなシーンは無いが、不思議な官能さもある。ただ一回見れば十分
swmcyc
2.0
すれ違って成就出来なかった愛を求める心と、それに突き進んだときに自分たちや関わる人が失うものを思い躊躇する心の葛藤を描いている。長さに見合うドラマは観られなかった。
dreamer
5.0
マーティン・スコセッシ監督の「エイジ・オブ・イノセンス」は、19世紀末に生きる男女の三角関係を描いた、大悲恋物語なのだが、観終わった後、なんて楽しい映画だったんだろうという思いで満たしてくれる、そんな作品だ。 確かに、悲しいお話には違いなく、ラストシーンでは思わず目頭が熱くなってくるのだが、それでも尚、"楽しかった"としか言いようのない、不思議な満足感を与えてくれる映画なのだ。 出だしのタイトルバックからして、もう楽しくて、ワクワクしてしまう。 繊細なレース越しに花々が高速で花弁を広げていく----という、華麗きわまりなく、しかも妖しげな香りの漂う画面なのだ。 そして、この花がやがて、オペラの舞台の黄色い花畑に繋がり、そして、客席のタキシード姿の男の衿にさした白い花に繋がっていく。 この花から花へと、よどみのない展開。 さすが、スコセッシ監督、いきなり魅了してくれる。 このオペラ劇場の場面から、次の舞踏会の場面までは、スコセッシ監督の「グッドフェローズ」のあの呼吸で、登場人物やその生活の背景が、実に手際よく紹介されていく。 カメラマンは、「グッドフェローズ」と同じミハエル・バウハウスで、空気中をスーッスーッと滑走するような、独特の呼吸を持った撮り方なのだ。 人々の顔や、インテリアの様子や、食器、キャンドル、喫煙具、花などのおびただしい雑貨にチラッチラッと視線がさまようが、その上にじいっと長くとどまることはない。 それは、あたかも"せっかちな透明人間"のような視線なのだ。 この物語の中心となるのは、一人の男と二人の女。 男は弁護士のニューランド(ダニエル・デイ・ルイス)で、ニューヨーク社交界の期待の星みたいな存在だ。 これがやはり名門の可憐な令嬢メイ(ウィノナ・ライダー)と婚約するが、何という運命の皮肉か、数年ぶりに幼なじみだったエレン(ミシェル・ファイファー)という女に再会し、たちまち恋に落ちてしまうのだ------。 要するに、ニューランドとエレンの恋は、"不倫"であり、当時のヨーロッパの社交界以上に窮屈だったらしいニューヨーク社交界を背景に、以後、一難去ってまた一難といった調子で進行していき、結局はキスを交わすだけで別れることになる。 この抱擁シーンが、とにかく凄い。 ひた走る馬車の中で、ニューランドは、こらえ切れずにエレンを抱きしめるのだが、世紀末の社交界の女の、かさ高い衣装の上からなのだ。 男は震える手で女の手袋のボタンをはずす。白い手首がほんのちょっと、のぞく。 その場面のクローズ・アップが、この映画の中ではほとんど唯一の、女の素肌に迫る描写だ。 このほんのちょっとの、素肌の露出が、何か服を全部脱がせた以上の鮮烈な効果をあげていると思う。 スコセッシ監督という男は、見かけは風采のあがらない感じなのだが、全く隅におけない男だ。 エロティシズムということが体でわかっている。 何と言ったらいいのか、素敵にいやらしいのだ。 そして映画は後半に入って、それまでおとなしく後方に控えていた妻のメイが、次第に手ごわい存在として前面にせり出して来るのだ。 この、どこまでも模範的で、それなりに聡明で、善良には違いない女を、ウィノナ・ライダーが目立ちすぎず、かと言って霞まずといった微妙な感じで、非常に巧く演じていて、あらためて彼女の魅力を実感。 それに対して、運命の女エレンを演じたミシェル・ファイファーは貧相で、よくも悪くも巷の生活感が出てしまう人なので、ヨーロッパの社交界を知っている女にはどうしても見えないが、ダニエル・デイ・ルイスとウィノナ・ライダーはぴったりの好演だ。 この二人のおかげで、この映画は成立したと言ってもいいと思う。 この映画は古風で、典型的な三角関係の話でありながら、断固として単なるメロドラマにはなっていないと思う。 ストーリーでグイグイ引っ張っていく、そういう昔風の娯楽的な力を十分に持ちながら、それだけではない、語り口それ自体に、豊かさがあり、鋭さがあり、映画の遊びや芸があるのだ。 心に秘密を持つ男が、人知れず、驚いたり動揺したりする。 こういう時、素人や三流監督は、すぐにガーンとその顔をズーム・インするわけだが、スコセッシ監督は、そんなことは絶対にしない。 ズームの代わりに相手の方を動かす。 例えば、妻がにっこり笑って近づいて来る、あの奇妙に恐ろしいシーンなどのようにだ。 それから、背景の色を変える。あの手この手で常套テクニックを避ける。 そうかと思うと、チープな娯楽映画でよく使いがちな、場面繋ぎの小道具のところだけ、スポットライトを当てるという、テクニックを平然と使ったりする。 そういう、スコセッシ監督の絢爛にして奔放なあの手この手が、観終わった後、"悲しいお話だったけど、楽しかったなあ"、という不思議な満足感に繋がるのだと思う。 タイトルバックからして花で始まったけれど、この映画にはハイ・ソサエティには欠かせない、エレガントな小道具が、ひしめき合っている。 花、夜会服、手袋、喫煙具、食器、絵画、そして新時代の贅沢な文化であったに違いない、写真や万年筆といったもの------。 ニューランドにしてもメイにしても、エレンにしても、そういう「モノ」に取り囲まれ、そういう「モノ」を使いこなす技術や流儀だけで、出来上がっているような人間たちだ。 「エイジ・オブ・イノセンス」は、このおびただしいエレガントな「モノ」の世界と、一瞬かいま見えたエレンの生々しく白い手首----この両者の相克といってもいいような話なのだ。 そういう「モノ」の群れをカメラマンののミハエル・バウハウスは、ねっとりとフェティッシュにではなく、スーッスーッと表面を撫で回すように撮っている。 これがルキノ・ヴィスコンティ監督の作品に比べると、どこか醒めた、今風の感じがするのは、そのためだと思う。 この「エイジ・オブ・イノセンス」は、"物語"が好きな人も、"映像"が好きな人も、どちらも満足させる映画になっていると思う。 そういう微妙なバランスのところを、スコセッシ監督は、悠々と綱渡りして見せたと思う。 かねがね思っていたことだが、いわゆる娯楽映画と作家主義的映画----その両方にしっかりと足を踏ん張りながら、映画を撮り続けている監督と言えば、今やスコセッシ監督が一番だろうと思う。
舞蹴窓扇
4.0
ネタバレがあります!!
たきゆか
2.5
私はメイを見習おうかと思いました。
ひでP
3.5
2024年03月07日BS101NHKBS。 1993年の作品。 監督、マーティン・スコセッシ。 19世紀後半のNY社交界が舞台。 貴族階級からはみ出た伯爵夫人と、幼なじみの弁護士の恋愛物語。 原作、女性初のピューリッツァー賞を受賞したイーディス・ウォートンの同名小説(新潮文庫)。 オペラ観賞に訪れた弁護士ニューランドは、幼なじみの伯爵夫人エレン(演 - ミシェル・ファイファー)に再会。 エレンには離婚を認めない夫がいる。 ニューランドにも婚約者がいたが、奔放な彼女に心惹かれていく。 【マーティン・スコセッシ】 2010年存命する最高の映画監督ランキング 50人 (米誌「PASTE」 発表)第1位。
ご自由さん
3.0
記録用
あき
3.5
「雨ニモマケズ」にも負けないくらいのひたむきさ
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