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星ゆたか

星ゆたか

2 years ago

5.0


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천국의 아이들

영화 ・ 1945

평균 3.6

2024.1.29 BS231放送大学オーディトリアム.野崎歓教授解説による三度目の鑑賞。 ますます作品を吟味して堪能する事が出来た。 ナチの占領下で多くの映画人が亡命した中、フランスに残り映画制作を続けた。 マルセル・カルネ監督(1906~1996)と脚本のジャック・プレヴェール(1900~1977)は。 特に詩人としても活躍していたプレヴェール氏は大メロドラマの形の中に。 レジスタンス精神の象徴的な台詞を折り込めながら。 「犯罪大通り」と「白い男」の二部構成.三時間十五分の大作を作り上げた。 その謝肉祭などに集まる群衆のエキストラの多さを、抱えこむ広大なセット。 これは非占領地帯とも言うべきニースにあった、東京ドームほどのセットで。 美術のアレクサンドル・トローネール氏(名を臥せてユダヤ人)らスタッフの渾身の成果。 ユダヤ人と言えば、音楽のジョセフ・コスマ氏も、当初名を臥せてたそうだ。 物語はガランス(アルレッテイさん45歳演じる)という女性を巡って。 三人の男性が登場するが、これが全て実在のモデルになる人物がいるらしい。 まずガランスと終始惹かれ合うパントマイム芸人バティスト(ジャン=ルイ・バロー)は同名のピエロ役者から。 また最初にガランスに街頭で声をかけ、下宿先で遠慮したバティストの代わりに。 恋の相手をする俳優ルメートル(ピエール・ブラッスール)も実在の名優。 作家志望の無頼漢ラスネール(マルセル・エラン)は、作家であり劇中同様殺人者で死刑になっている人物だそう。 そして野崎氏の解説によると。 何故この如何にも個人の恋愛至上主義のメロドラマが、レジスタン精神の象徴映画なのかと言うと。 《フランス式パラドックス》(逆説)によるものだと。 〈天井桟敷の人々〉つまり劇場に集まる庶民の自由な心情、ガランスに象徴される人間(自由.博愛.平等=フランス革命精神)が。 ガランスはある時から、その存在が真意を遂げられず。 自由を束縛された“囲いもの”の暮らしに(伯爵の=権力)陥っていた。 戦後この映画が公開された時。 共産主義映画史家のジョルジュ・サトウール氏は。 『この映画の出来映えは我が国の偉大さと力を誇示するもの。すなわちこれは我々にとってのプロパガンダだ』と。 確かにあの群衆の為に集められたエキストラの人達の“あのうねりを持った動き”には。 そういった民衆の勢いを感じさせます。 最後に謝肉祭の群衆に紛れて、ガランスが。 別れて6年後に愛の確認をしたにも関わらず。〈去って行く〉 またバティストが《追い返されて行く》その構図には。 ものすごい人波に消えて行く姿には。 『ガランス、ガランス!』とバティストの呼び声がもみくちゃにされる所には。 この撮影はナチスからのパリ解放の半年前(1944.3)に行われたそうだが。 あたかも『ガランスがフランス』に。 『Garance, France』になぞらえていたかのような。 つまり個人から国を上げての歓呼に変わっていく、仕上がりになっているともの野崎氏解釈だが納得です。 謝肉祭の騒動がそのまま、 『フランスばんざーい❗』の歓喜の人波という意味づけ。 共和国の民衆のパワーと。 個人の恋愛至上主義の共存。 最後にその個人の恋愛至上主義の点から言うと。 バティストの妻ナタリー(マリア・カザレス演じた)の女性ならではの強い反発言動。 家庭の幸福を守る為に。 ガランスの魅力に臆することなく。 『旅に出る?気楽なものね。それで戻ってきて、思いでに美化されて。 その間私達は地道に毎日暮らしているのよ。』 正面向き合っての女の対決。 これなどは今日でも、愛人と本妻の相対対話として通用するのでは。 そしてこの後。 バティストの胸に飛び込み心情を吐露する場面なども今回も。 一人の女性の強い思いとして受けとめる事に。 女性として、どちらが少なくとも家庭を持つ相手として、男が考えるなら?という所だ。 その辺は若い頃見たのと、今日見たのと変わらないのだが。 もう1つの本音として。 思いの残る相手というのも、男女通じて、確かに思考だけでは抗えない感情もあり。 その辺が“人間だもの”…かなぁ。