코멘트
nao

nao

5 years ago

3.5


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페르소나

영화 ・ 1966

평균 3.8

2021년 02월 05일에 봄

回転する映写機、蜘蛛、男性器、磔にされる手。様々な映像がサブリミナル的に繋げられていく衝撃的なオープニングで開始される 冒頭から暴力、神、罪をイメージさせるモンタージュ映像により、引き込まれるベルイマンの世界 物語は、言語障害に陥った女優エリザベートと献身的に世話をしてくれる看護婦アルマ、二人の海辺の別荘での療養生活を舞台に、互いの自意識の仮面が徐々に剥がれ落ちていく様を描く エリザベートとアルマが意識、感情を交差していくなかで、個人としてのアイデンティティもが同化していく過程は、人間が実際に"仮面"によって覆い隠している二面性だと言わんばかりに、美しく背反的に表現している 乖離する個人の二面性、どちらの面が本来の自分なのか 答えは無い 即ちどちらともが自分であり、他人である。だからこそ人はそこに、変容する自己、想像的自我、などという擬似人格的な表現で示されるものを押し込んでいる これも観終わってから、冒頭に遡って付与できる一つの意味でしかない どう意味付けるかは自分次第と言われている様な気がしました ベルイマンの作品は初めて鑑賞したのですが、この明媚な映像の数々は、内容を抜きにしてもお釣りがくるくらいに刺激的かつ情緒的で、冒頭からいきなり気持ちを持っていかれました 人間の二面性、延いては人を人と定義するものを描いた娯楽性は皆無と言っていい純粋な芸術作品です😮