코멘트
Тама

Тама

4 years ago

4.0


content

나치는 살아있다

영화 ・ 2014

평균 3.5

映画としての質は普通ですが、知識としてみておかないといけないタイプの映画だと思います。 日本と違ってドイツは戦争犯罪人を自力で裁いて、ナチス的思考を徹底的に排除していった、というのは現在の常識として語られていますが、それは戦後すぐ自然に行われたわけではなく、裁こうとする努力あってのことということが今回理解できました。アウシュヴィッツ?なにそれ?みたいな反応をしているドイツ人、衝撃でした。 ヒトラーで間違えてはいけないのは、彼は選挙で当選した人間である、つまり民主主義であっても彼のような人間がこれからも出てくる恐れがあるということです。二度と同じ過ちを繰り返さないようにするためにもこういった裁判で罰せられるという記録を作ることに意味があるんだなと思いました。 私はホロコースト関連の話を聞くたびにおもっていました。もし1940年代ドイツや日本のような、全体主義の世の中になった時に、私は自分や周りの人の生命を危険に晒してでも正義を選べるのでしょうか?そしてそれが明るみになった時、私は平穏な暮らしを捨て、自ら罰を受ける覚悟ができるのでしょうか?この、現代社会を生きる人間が一度はぶち当たる問いに、私はこの映画を通じ少しだけ答えが出せた気がします。 今の私にできることは、こうして歴史を学び、過去の教訓を自分の未来に役立てることだと思います。他にも集団心理など、たくさんの学びを得ることで、今の平穏が失われそうになった時にそれを察知し、世の中を完全に変えることは難しくとも、自分の周りの人を助けたり、なるべく関わらないといった消極的な抵抗くらいならできるかもしれない。そんなに勇敢でもないし、血を見るのは苦手なのでヒトラーの暗殺計画は立てられないけれど、杉原千畝のように自分の立場を生かして出来ることをやる、くらいなら(杉原氏ほど立場があるわけではないので歴史に名を残すようなことはできないでしょうが…)できるかもしれない、いや、やらなければならない。この映画の主人公も、周りじゅうナチ関連の人ばかりで自分の使命を見失いそうになりますが、彼の使命である"罪を裁くこと"を思い出し、自分にできるやり方で自分が生きる社会が犯した罪に向き合うことで、社会が犯した罪を償うきっかけを作ることができたのだと思うからです。 (一部ネタバレ) こういう時って、こうせざるを得なかったって言い訳されているけど、エンドクレジット見る限り反省の弁を述べた者はいなかったらしく、こうせざるを得なかったなんて思ってないんでしょ…ってことも衝撃でした