코멘트
dreamer

dreamer

3 years ago

4.5


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당신이 그녀라면

영화 ・ 2005

평균 3.2

この映画は、根底に、ユダヤ・ファミリーのお婆ちゃんの家族愛の強すぎる、「弊害」と「恩恵」の問題が隠されていると思う。 うっかりすると、日本では、この映画がユダヤ系ファミリーの話を扱っている事がわからないかもしれないが、この点を押さえないと、この映画のタイトルの意味もわからないだろう。 マギー(キャメロン・ディアス)は、30歳になろうとしているのに、腰のすわらない生活をしている。 「難読症」で、字をちゃんと読むこともできず、教養もない。これは、ユダヤ系であることに誇りをもつファミリーでは、あってはならない事なのだ。 ユダヤ系のファミリーは、子供たちの読み書き教育に熱心なのが普通だからだ。 マギーは、美貌に自信があるので、すぐ男が近づいてくるが、2日と関係が続かない。 盗む事にも抵抗がなく、家族泣かせの娘だ。 母は早く死に、再婚した父親(ケン・ハワード)の家にいるが、義母のシデル(キャンディス・アザーラ)とはそりが合わず、泥酔して帰宅し、家から締め出される。 そこで逃げ込んだのが、姉のローズ(トニ・コレット)のアパート。 彼女は、マギーと対照的に、ちゃんと大学も出て、大きな法律事務所の弁護士をしている。 弁護士や学者になるというのは、ユダヤ系ファミリーの模範なのだ。 一般通念として、ユダヤ系ファミリーの母親は強い。 マギーとローズの母親は早死にしたが、祖母エラ(シャーリー・マクレーン)は、彼女のジューイッシュ・マザーとして娘を支配し、二人の孫のジューイッシュ・グランドマザーとしてのパワーを発散したはずだ。 それを嫌った父親は、祖母を二人の娘から遠ざけようとした。その事が二人に影を落とし、父親にもエリーにも心の痛みになっている。 この映画の根底には、ファミリーの問題があるが、リビングルームで一堂に介しているようなファミリーをまず見せ、それが次第に瓦解していくというような、ありきたりの見せ方をしない。 すでにファミリーは、瓦解してしまっている。 通常なら、ファミリーとしての連合を回復することはないだろう。 だが、この映画では、マギーというどうしようもない女のおかげで、そのファミリーの消えかかった線が繋がり始める。 最初は決裂の激化だが、それが、次第に癒えていく。 だが、それは、自然にそうなるのではなく、お婆ちゃんの、自ら深い傷を負った経験の果ての聡明さのようなものが、それを動かのだ。 マギーのだらしなさは、近年、日本人の間にも似たものを見いだせるようになっているのではないか。 マギーは、冷蔵庫から大きなハーゲンダッツのアイスクリームを取り出し、そこにミルクをかけて食べる。 しかし、全部食べるわけではなく、中身を床にこぼしたりする。 むろん、その掃除をするわけでもない。 ベッドの上は散らかり放題、まあ、一緒に生活するのはお断りというタイプの典型だ。 この映画は、マギーがこうなったのにも理由があることを示唆する。 母親の心の病。それに対する父親の態度。母方の祖母エラの存在。 むろん、義母との関係や秀才的な人生を歩んでいる姉の存在もある。 ただし、この映画の面白さは、だからといって、マギーが主人公というわけではなく、登場するローズ、エラ、そして父親が、それぞれに悩み、それを克服していく様を、立体的に描き出しているところだと思う。 マギーが訪れ、祖母エリーに焦点が当たるシーンになってから、この映画の基本にある重要な事が明確になる。 彼女は、フロリダの養老院にいるが、彼女が親しくしている男性の老人が、引き出しを開くと、ユダヤの燭台のマークの入ったナプキンかテーブルクロスが見える。 つまり、この養老院の人々は、みなユダヤ人なのだ。 そんなディテールに気づかなくても、この映画の終わりの方に出てくる結婚式を見れば、マギーもローズもユダヤ系であることがわかる。 彼女らの父が再婚した相手のシデルは、ユダヤのカルトに入信したと、父親が言うシーンもある。 エリートに自足していたローズも、自分の人生を考え直す。 将来を約束された弁護士事務所を辞め、フリーターになる。 彼女が、たまたま始めた犬の散歩のアルバイトで、数頭の犬を連れて階段を駆け上がり、頂上で解放されたような表情をするシーンが素晴らしい。 この映画の舞台はフィラデルフィア。古い町並みが実に美しい。 因みに、この階段は、フィラデルフィア・ミュージアム・オブ・アートの階段で、「ロッキー」で、スタローンが駆け上がる階段だ。 それまで勉強と仕事ばかりしてきたローズが、元同僚のサイモン(マーク・フォイアスタイン)と再会し、おいしいものを食べる喜びを知るシーンがある。 それまでのローズは、そういう喜びを知らなかった。 この映画で「靴」は重要なメタファーになっている。 まずは、ローズの靴収集。 ブランドもの、年代ものをクローゼットの棚にびっしり飾っているローズだが、その靴を履くわけではない。 これは、ある種の病気なのだ。彼女が晴れの式で自分のブランドものの靴を初めて履こうとする。 だが、その靴は、マギーがこっそり履いて、ヒールを壊してしまっていて、履くことができないことがわかる。 他方、祖母のエラは、ちゃんとその式のために、自分がかつて履いたヴィンテイジもののハイヒールを持ってきて、ローズに渡す。 しかし、「後で返してね」というセリフを忘れない。 このくだりは、色々な意味を引き出せると思う。 「靴のなかに」という、このタイトルの意味は、あまりにシンプルすぎてわからないかもしれない。 しかし、ジューイッシュ・グランドマザーのパワーの「功罪」を考えると、このタイトルが、とてつもなく意味深いことに気づく。 エリーは、「ミート・ザ・ペアレンツ2」のような、むきむきのジューイッシュ・マザーではない。 彼女は、自分がジューイッシュ・マザーであった事によって、結果的にこうむった痛みを十分承知している。 だから、フロリダのホームの仲間たちには、「子供はいない」と言ってきた。 そういう自制の強いキャラクターを演じるには、シャーリー・マクレーンは最適であると思う。 だが、ジューイッシュ・マザーは、その宿命を逃れる事ができない。 孫の靴まで用意してしまうからだ。 どのみち、ファミリーは、彼女の「靴のなかに」いるのだ。 なお、in her shoesというフレーズには、「彼女の立場で/に」とか、「彼女の境遇で/に」という意味もあるのだろう。