
horahuki

주온 - 비디오판
평균 3.2
家族というパンドラの箱 歩道橋に向かう若い2人組、買い物袋を下げて歩道橋から降りてくる主婦、その下を通り過ぎる電車、そんな当たり前な日常を切り取ったような何気ないファーストカットから、カットを挟んで一気に主婦にフォーカスし、「あの家」へと誘う。日常の延長線上にある地続きの「呪い」。どこにでもあるそんな場所を人々は何気なく、それも帰り道に通っているのだという隣り合わせな感覚にゾッとする。 もちろん恐怖の対象は伽倻子なり俊雄なりになっていくわけだけど、『サマー・オブ・84』や『ディスタービア』のような「もしかしたら隣人は殺人鬼かも…」に近い恐怖が本作の根底には敷かれている。それを端的に表す主婦のプロローグ(曲がり角、蜘蛛、葉の擦れるざわめき含め)が非常に秀逸だと思った。 家の中では何が行われてるのかわからない。その秘匿されたオカルトな「家」という強固な領域から綻びのように漏れ出してくる負(異変)。俊雄くんの不登校がまさにそれで、その異変に気付いた教師が家を訪れることで教師までも負に飲み込まれていく。荒らされた庭や部屋、俊雄くんの膝や顔にあるアザ。そんな虐待の兆候と異様なまでに無口な俊雄くんがただならぬ異様さを感じさせ、負を否定する=日常を探し出す行為がパンドラの箱を開けるという真逆の結果を招いてしまう。 ある程度開かれていたおおらかな時代と違い、家族という単位が自分たちの周りに壁を作り、内に内に閉じこもっていくという、お互いに対する過剰なまでの不干渉。家族という温かい絆が育まれていくというだけではなく、中に溜まった不純なものも外への逃げ道を無くし、充満して膨れ上がる。当然そのことに周りが気づくこともなく、助けを求める声(異変)が周囲に漏れ出てきた時にはもう遅い。本作の場合には、そこに複雑な人間関係が加わってくるわけだけど、教師が負の通り道としての役割を果たし、そこを通じて負が一気に流れ出すのが面白かった。 本作はこの教師の話を縦軸に、「あの家」のその後を描くアフターストーリーをオムニバスのように時系列をバラバラに挿入した独特な構成。小出し小出しで情報を繋げ、物語を炙り出す。はっきり言って分かりにくいだけなんだけど、印象には残る。必要以上に情報を出しすぎず、背後にある彼らの事情を匂わす程度に留めているのも嫌な感覚が後を引くから良かった。 恐怖演出はそれほど大したことはないんだけど、音の使い方と舞台の整え方がうまかった。特に音は面白くて、お決まりの「ああああ」は控えめに、鳴り続ける日常音が焦燥感を煽り、音で臭いものに蓋をする。キャラクターのリアルタイムな感情を音でコントロールして心的牢獄に誘う演出は清水監督のうまさなんかな。舞台の整え方はさすがに強引に感じるところもあるんだけど、身体的には拘束せずに、その場に精神的に拘束することによる選択の余白が「嫌」を助長してる。 そして、この頃のジメジメ感はJホラーがJホラーたる重要な要素だっていうことを改めて実感。もう出せないよね、この感覚。普通の家が魔窟にしか見えなくなるトンデモナイ強みだけど、これが無くなったのが本当に今のJホラーにとって致命的だと思いますわ…。