코멘트
panopticon

panopticon

7 years ago

5.0


content

페르소나

영화 ・ 1966

평균 3.8

沈黙する本能(イド)と自我もしくは超自我との内面的葛藤を斬新かつ静謐な映像美で表した傑作。 ・ ・ 一人の女優(エリザベート)が舞台の上で突然芝居を続けることができなくなってしまう。理由を尋ねると、「何だか笑いそうになってしまった」という。 そのまま失語症状態となり入院したエリザベートに、アルマという背格好もエリザベートによく似た看護師がつくことになった。 アルマはエリザベートの症状が意思によるところが強く、自分には荷が重いのではと感じる。 また、アルマは婚約や今の仕事に満足しているのだが、生活に漠然とした不安を抱えている。 ・ 医師の勧めにより、エリザベートは海沿いの療養所に移され、アルマも付き添う。 二人は良好な関係性を築き、平和な時間が流れる。エリザベートは相変わらず言葉を発しないものの、アルマにとっては良き聞き手であり、過去の打ち明け話等をエリザベートに吐き出す。 ・ ある日の夜、アルマの寝床にエリザベートが幽霊のように近寄り、儀式めいた手つきでアルマに触れ、二人は重なり合う。 翌日、寝床にやってきたか聞くと、エリザベートは否定する。 ・ ある日、エリザベートが医師に向けて書いた手紙を投函しに行く際に、アルマはその内容を読んでしまう。そこには、エリザベートがアルマの打ち明け話を楽しんでいるという内容が書かれており、アルマは動揺する。 ・ 手紙をきっかけに、アルマはエリザベートに対し不信と憎しみを抱くようになり、二人の関係性は壊れていく。 そこに、エリザベートの夫が見舞いにやってきてアルマと出会う。なんと夫はアルマを自分の妻、エリザベートとして話しかけてくる。 驚いたアルマだが、最後には妻としての感情を発露し、応対する。 ・ アルマはエリザベートの存在とその沈黙について思いを巡らし、そして苦悩する。二人は同一の存在なのか否か。 ・ アルマはエリザベートに息子に関するトラウマを告白、告発し、自らの裡にいるエリザベートを否定、分離にかかる。 アルマは言葉や対話は無力だと悟る。 突然病室のイメージ空間に戻り、エリザベートに「無」という概念を咀嚼させる。 ・ ラスト、療養所からは軽快な足取りでアルマ一人が現れ、バスに乗り帰っていく。 ・ ・ 冒頭から鮮烈な映像がサブリミナル的に映し出され、多大なインパクトを食らった。 ハイコントラストな病院内は異空間めいており、その中における女性達の顔のクローズアップが美しく妖しい。 統制された構図の中で美しく理性的に映像は構成されていくが、時折挟まれるホラー的な演出と、映画構造そのものを壊しにかかるメタチックなギミックにより脈を乱され、不安定な精神構造が表出される。 ・ 印象的なのは全く同じシークエンスを別アングルで二度繰り返すシーン。語りかける=変革する側とされる側がそれぞれの立場から映し出され、最後に二人は融合する。自己の内面コントロールにおけるカオスとウロボロスな円環を感じさせる。 ・ 最終的に「言葉は無力よ」からの連続ビンタ。フィジカルがやはりメンタルに勝つ。 ・ 社会の枠組みの中で自然状態、イドを自由に表出することはできず、人間本来の欲望は人類の為に規制される。種の為に与えられた欲望と本能的な欲望は決定的な矛盾・対立をもたらす。 その対立を止揚することはできないのか? 本作では、本能に「無」という餌を与え自我の檻の中で飼い殺すことが選択される。