
Margaret
4 years ago

미시마 vs. 전공투: 마지막 논쟁
평균 3.6
戦争に負けた日本が生まれ変わり幼少期を終え青年になり、思春期を迎えた頃、日本全国で学生運動が始まった。方々で失敗し、絶望した者による暴力的な事件が起こる前、右翼と左翼の両局にある両者が討論を催した。 vsと言ってもねじれの位置の関係ではなく、お互いを認識しながら伸び続ける平行線のような関係だった。 この討論で三島は学生たちと言葉の力の有効性を確かめようとした。数年後、三島がおこしたことは暴力の有効性を確かめようとしたのかなと、この討論を聞いて思ったが、実際のところは分からない。 ただ、言葉の有効性と言っても、同じ言葉を自らと同じように他者が理解する保証はなく、それ故に自己と他者の相違が生まれるのではないかと思う私には、三島が余りにも純粋であり、理想主義的な存在でとても眩しく映った。 結局は両者とも刹那的で鮮烈な瞬間へ向かっただけで、現実の為に理想そのものを否定する風潮を作ってしまったようにも思う。 私はどちらかではなく両方でありたい、そして今生きている時間が理想のための現実であって欲しい。現実が理想に近づく一歩であって欲しい。しかし理想のために現実を犠牲にすることはできない。 それを実行してしまったのが三島由紀夫なんだとつくづく思った。せめて私ができることは選挙の出席履歴に空欄を作らないことだと思った。