Bicycle Thieves
Ladri di biciclette
1948 · Drama · Italy
1h 29m



Antonio, an unemployed man in the depressed post-WWII economy of Italy, at last finds a good job hanging up posters, the only requirement for which is that he must have his own bicycle. When Antonio's bicycle is stolen, he and his son are forced to walk the streets of Rome in search of it, or else face ruin.
🍀 言葉にしない想いほど、深く沁みる
「コーヒーが苦いのは君のせい」都度課金開始✨
🍀 言葉にしない想いほど、深く沁みる
「コーヒーが苦いのは君のせい」都度課金開始✨
about movie
2.5
主人公が可哀相。その感想だけなら、本当にそう?と個人的な感想。私が感じたのは、主人公は一度も謝らなかったこと。 子供を殴 り、露天商を疑い、教会でも騒動。自分が盗みを働いたときもそう。仕事が死活問題とはいえ、彼は周りからは基本自己中心の人間に見え、一度も寛容性を見せていない。 戦後仕事のなさで、貧しさが心を濁したのかもしれない。でも劇中の彼は、映画のようにつらいとき人を思いやることのない普通の人間だった。 主人公が盗られたとき誰も気に留めなかったのに、盗った時は異様な数に追いかけられた。 もしも彼が、ラストの被害者のように、人を許す寛容さを持つ人間だったら? カトリックの国イタリアはそういったことを言いたかったのでは?とちょっと思ったり。
きなこ猫
4.0
不況の嵐が吹き荒れるローマ。他人の自転車を盗もうとして群衆に捕まった父親が、息子の目の前でフルボッコにされる光景は絶望でしかない。6歳の息子は悔し涙に暮れる惨めな父親の姿を、一生忘れることは出来ないだろう。駅前の駐輪場に乗り捨てられた自転車を見る度に私はこの映画のことを思い出す。
てる
3.0
名作100選に常連のこの作品。タイトルはよく目にするが実際に観たことはなかった。モノクロ映画って観づらい。CGがバチバチに成長した現代で、色のないざらざらの画で、ぶつぶつのセリフとBGMの作品を観るというのは変わり者だ。映画好きを公言する私だが、勉強だと思わなければ中々が手が伸びず、ウォッチリストの肥やしにしかなっていない。重い腰を上げ、一念発起して漸く視聴したが、面白いかどうかよくわかなかった。 不幸な話しだった。明日の飯を心配するような貧困生活を送っているということでも同情を禁じえないのに、自転車を奪われ、探し回った挙げ句、結局見つからず、漸くありつけた仕事を失い、それで終わりって、そりゃもう救いがない。 この映画から何を感じとればいいのだろうか。困り果てた末に他人の自転車に手を出し、同情されて解放された。この悲しい男に同情すればいいのだろうか。それとも、こうして人は犯罪に手を染めるという反面的な教訓なのだろうか。犯罪者とは必ずしも悪人というわけではないということなのだろうか。それとも、この時代背景を憂いて歴史の勉強とするのかいまいちわからない。 大学生の頃に英語の授業があった。その授業で『火垂るの墓』を観たことがある。その先生はアメリカ人で、この映画の意図をまるで見当外れなことを言っていた。当時はお国柄で考え方が違うんだなぁなんて感じたが、それを思い出した。海外の人がこの作品を観たのなら、同情を禁じ得ず、号泣するのだろうか。 物事をはっきり伝えないとわからないなんて、情緒がなさすぎるなんて言われてしまうのだろうか。行間を読めない普段から本を読まない奴だなんて批判されてしまうのだろうか。そう言われても仕方がない。 とネガティブなことばかり書いてしまったが、冷静に面白い箇所を探すのならば、心理描写だろうか。どんどん追い込まれていく主人公が遂に犯罪に手を染めてしまうまでの心理描写が分かりやすい。観ているこちらも鬱々とした気持ちになっていく。だからこそ観ていて気分が良いものではないのだけど。この当時でそのカメラワーク、カット割りは斬新だったのかもしれない。そういう意味では評価されるべき作品であるのは確かだ。
Tsukky
3.5
自転車を盗まれたので、犯人を探す話と言ってしまえば簡単だけど、不況の中での自転車がどれほどの意味を要するかが分かるとものすごく重い作品でした。 この作品のテーマは、本当に悪いのは誰かということだと思いました。アントニオの目線から見ていると自転車泥棒に対して怒りを感じますが、観終わると結局は自転車泥棒も仕方ないと言ったように、何が悪いのかは結局のところ、その立場によって変わるよなと感じました。 観 ていて痛い箇所が何箇所かありましたが、レストランのシーンと、最後の選択でそっちを選ぶのかというのが、染み込んだ身分階級の差のようなものが感じられてキツかったです‥ 俳優の方が一般の方からオーディションで選ばれているらしく、息子役を演じたスタヨーラくんの顔の表情だったりがすごいと思いました!
星ゆたか
4.0
2022.2 俳優としても100本以上の出演作がある、ヴイットリオ・デ・シーカ監督の代表的映画。 この作品に監督は次のような言葉を添えている。 『日常のごく些細なお話に、驚くべきものを追求するために手がけた。この物語におかしな所があれば、それは社会が目をつぶっている点だ。社会的矛盾のおかしさだ。また真実と善とが道を開くことを困難にしている、無理解なおかしさである。』 一般にネオ・リアリズムの特徴は、人間のあらゆる問題を明白に見、その欠陥を発見し、これを暴きかつ排除する姿勢と言われる。その辺の流れから、ロベルト・ロッセリーニ監督らと共に数々の傑作を世に送りだした、その中の一本である。 デ・シーカ監督は、製作にあたり、子供たちのあとをつけて、その動作・考え方・外見などを研究したそうである。 例えば、盗まれた自転車を父親と探す場面。雨に足を滑らせ、すりむいても心にゆとりのない父は子に気配りが出来ない。イラダチで殴ったりしてしまう。すると子は父との距離をおいてついてくる。そこで父は息子のご機嫌とりに、食堂でご馳走する。するとすぐ子はゴキゲンになり、隣のテーブルの少し裕福な子のマネをして食べたりする。彼らの身近にいて心の動きを語る。それが小さな事柄に重要性を与え、何でもない日常の出来ごとに深い意味を与える。 犯人らしき人物が何度も出てくるのに、問題は解決しない。どうもグループ詐欺の中の盗難らしい。この辺は現代のオレオレ詐欺にも通じる。そうした苦しみを体験する時、誰しにもある心の葛藤、悪魔と天使の ささやき、その選択を迫られる。そしてたまたま誤った手段をとってしまう。 そして社会の糾弾を受けることに。そこから救ってくれるのは、やはり共に苦楽を味わった息子(未来の継ぎ手)だという、希望を残した幕切れに、ホット救われる気分だ。
Yuhi
4.0
取り扱っている内容はちょっとした日常でしかないのに、感情の起伏が起こるイベントを散りばめているためか結構おもしろい 子供の前で虚勢を張るしかないが、現状を打開することができない歯痒さ
ざべす
4.5
まさか今のコロナ情勢とピッタリ一致する映画だとは…。 コロナが終わった後も問題が山積みなことを思うと見るのがツライ。 戦後に失業者であふれかえったイタリアが舞台。 自転車がないと仕事がもらえないのに自転車を盗まれた父と子。 「ただ生活するために」日常を取り戻そうとする親子の必死さに身につまされる。 …が、私たちは現在、世界的パンデミックを経たことによってもう一つの姿が見えてくる。 人の世が窮地に 陥ると、人間の本性が出てしまうということ。 「他人がどうなろうと、自分だけは良い場所に立っていたい」という生存本能だ。 またあちこちで集会やデモが横行しており、現在の連日のネットやテレビの「なんでも批判」を彷彿とさせる。 話は「他人に優しくなれない」ことに戻して、 自転車を盗まれた父子は、自分たちと同じくらい困っている者、より困っている者さえ押しのけようとする。 食べる物にも困っている老人を配給所から連れ出そうとしたり、 足の悪い子どもを差し置いて、席に座ってしまったり、かえりみない。 「◯◯市の人を入らせないようにしてください」というLINEが回ってくるような変な人 発見機の現代では痛い話だ。 これからも、世界的な失業問題に輸入問題に製品の製造不可・高騰化、教育が~オリンピックが~そして責任のなすりつけ合いで荒れるぜ。 でも「自分のことが一番」でいいから、せめて未来の自分から見たときに恥ずかしくない行いをしていたいもんだ。
こじま
5.0
観たあと、ふと思い出し、あの家族に想いを馳せてしまう作品でした。家族の運命を自転車という象徴に替え運命・未来が自身の選択と他者との関わりで決定づけられていく。時代背景から、現代と比較すると削ぎ落とされた映像ゆえに没入し家族の運命に感情移入できた分、脳裏に深く濃く刻まれたのだと思います。こんな映画が観れて嬉しいです。
Please log in to see more comments!