Breathless
À bout de souffle
1960 · Crime/Drama · France
1h 30m
© 1960 STUDIOCANAL - Société Nouvelle de Cinématographie - Tous Droits Résevés



A young car thief kills a policeman and tries to persuade a girl to hide in Italy with him.
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隣の唐十郎
4.5
海が嫌いなら 山が嫌いなら 街が嫌いなら 勝手にしやがれ いつの間にかアイコンと邦題が消えておりますが… WATCHAさん😅❓ …………………………………………………… 〈追記〉 いつの間にやら復活してましたね〜 安心いたしました。 嬉しく思いますよ☺️←何様か?
星ゆたか
3.5
2022.9.16 2022年9月13日、91歳の生涯を閉じる。ご冥福を祈ります。 監督ジャン=リュック・ゴダール。 1930年12月3日医者の息子としてパリで生まれた。 両親は伝統的なブルジョワ階級に属するプロテスタント。 ソルボンヌ大学中退後、シネマテークに通い古典映画を鑑賞し、フランソワ・トリュフォーやエリック・ロメールらと知り合う。《カイエ・デュ・シネマ》などに映画評を寄稿するようになり、本作を59年に長編劇映画第一作とする。 その既成映画作法と違う撮影・演出のスタイルがトリュフォー作品らと共に、 映画の新しい波=ヌーヴェル・ヴァーグの到来と称された。 私生活では61年に女優アンナ・カリーナ(初期の2作の主演)と結婚(64年離婚)でも話題。 今回改めて見直してみた。 トリュフォーやロメールの作品ほど愛着が特に後年のゴダールの映画は沸かないが。 本作品はそれでも、俳優の魅力や撮影の斬新さに目を見張るものがあった。 昨年やはり亡くなったジャン=ポール・ベルモンドは当時27歳。 ジーン・セバーグは22歳。 警官を殺したチンピラギャングが、惚れた女の裏切りで刑事に射殺されるまでの数日間のお話を実に魅力的に見せてくれてました。 若い男と女の、自分でも持て余す不安定な心と体の、“置き所”を探し求め流離う感覚。登場人物本人もこの先どんな言動を引き起こし、どの運命に導かれるか予測できない。情熱と状況のズレ。 見せられている観客も実にリアルに同じような気持ちにさせられる。 自分だったら、こんな場合どんな言動になるだろうか?と色々想像、翻弄されていく。 撮影のラウール・クータール(1924年生まれ)さんは、このヌーヴェル・ヴァーグ到来と共に有名になった方(トリュフォー監督作品も)で。ゴダール監督の演出意図もあるのだろうが。 例えばまずあの交通違反で追われた警官を射殺する場面。街道下の雑草林にその警官が落としこまれるショットは、まるで海の波間に殺傷記録が埋めこまれるような不思議感があった。こんな重大な事件も映画の中では警察に追われる状況説明の扱いで、ワンショットで通り過ぎていくのだ。これも有名な“ジャンプショットの一つなんでしょうね。無駄な説明ショットを入れず物語を進めていくんです。 また同じカメラサイズで人物の背後から横、頭の後ろからの切り返えショットを何回も続けて、背後の人物の声に応えてゆく描写も独特。これは一説によると、少しずつカットを再編集する過程で生まれた所産とも。 さらに手持ちカメラで移動する人物の手前から迎えるカメラ視点の動き、さらに横から流し人物の動きに合わせて撮影、または後ろから人物を追いかけていくカメラなどなど。 一場面をカット割せず、継続しながら “人物の動きの図柄”で見せるあたりは、この作品ならではの(見せ場の)特色です。ゴダール監督が日本の溝口健二監督の、流麗な横移動のカメラ演出に傾倒していたという話もウナズケル所だ。 このような撮影カメラのカットを少なくすることによって、登場人物の心に感情移入、寄り添って同じように動き回ることで得られる効果は。 登場人物の心身と観客の思いが時に一体。 またある時は客観的に突き放し見守っていたりとすることになる。 そういう意味で、この映画は内容以上に撮影演出スタイルに特質した映画といえよう。 劇中主人公がハンフリー・ボガードの写真を見つめる(ギャングスターに憧れる主人公)ショットに同時に監督の映画に対する若き頃の敬愛が感じられ好感を持った。 さらにパリのシャン=ゼリゼ通りなどを隠しカメラでロケ撮影したリアル感は、時代を超えた記録フィルムとしても貴重だ。
panopticon
5.0
フランス、パリ。 ミシェルは定職にもつかず、車を盗んでは売り、女から金を借りて回るような刹那的な生活を送っていた。(野良犬のような雰囲気が庇護欲を掻き立てるのか、女にはモテる) いつものように盗んだ車でドライブしていたところ、白バイに止められ、逃れるためにミシェルは警官を射殺してしまう。 指名手配となったミシェルだが、先日バカンスで出会ったパトリシアという女性と共に、盗車を売った金でイタリアへと向かうことを計画していた。 ワル仲間のアントニオに頼み、換金の手続きを行おうとするが、なかなか連絡が通じない。 その間に、ミシェルとパトリシアは関係性を深めていく。と同時に、警察の捜査の手も迫ってくる。 なんとかアントニオと合流し、金を受け取る手筈を整え後は二人で国外へと逃げるのみの筈だったが、土壇場でパトリシアが二人の愛に疑念を抱き、警察へと通報してしまう。 それを聞き、激昂するも最終的にミシェルは全てを諦めた。 投降しようとしたミシェルだが、アントニオから銃を渡され、その瞬間に到着した警官に撃たれてしまう。 銃声を聞き、瀕死のミシェルの元に辿り着くパトリシア。死に際に彼女に向かってミシェルが言う。 「まったく最低だ」 呼吸を止めたミシェル。パトリシアはカメラ目線で答える。 「最低ってなんのこと?」 彼女は振り返り、物語はそこで終わる。 ・ ヌーヴェルバーグの代表作。 スタジオ資本では無いからこそ可能となったゲリラ撮影や実験的な編集(ジャンプカットの多用や、長短入り混じるカット割りによる独特なリズム)は今見てもフレッシュであり、才気迸る若きゴダールの作家性がモノクロの画面の中で輝く。 ・ ゴダールはこの刹那的な悲喜劇を演じるキャラクター達に、人生とは、自由とは如何なるものかを具現化する軽快でいて沈痛なダンスを踊らせる。 ・ ミシェルは社会的にみれば完璧なクズ男だし、それを自覚して我が道を突き進んでいる。 「つまり、俺はアホだ。結局は、そうさ、アホでなけりゃ。」 「俺はフランスが好きだ。海が嫌いならば・・・、山が嫌いならば・・・、都会が嫌いならば・・・。勝手にしやがれ!」 盗んだ車で走り出しながらこんな台詞をカメラ目線で吐く主人公。屈託のない尾崎豊。彼は賞味期限の近い自由をただ振り回して暮らしている。 ・ そんなフリーダムクズ男はモテる。(理不尽だ!!) 数々の女性とインスタントな関係性を築き上げており、勝手に部屋に入って寛いだり金をネコババする。 そのシークエンスの中のワンシーンが印象的で、芸能関係風の女の子の部屋に入って会話しつつ、突然金の無心をしたかと思えば、彼女が着替えてる隙をみて金をネコババする。 リズミカルなカット割りとミシェルの手際の良さがコミカルな雰囲気をもたらしており、ミシェルの卑小でいて自信家なキャラクターを如実に提示している。 ・ 自由を振り回す男が惹かれたのは、アメリカからやってきた自由を求める女だった。 パトリシアは独立心を持ちながら、自身の生き方に満足しない女性であり、記者としての成功を夢見ている。 ・ その二人の男女は互いに自分に無いものを求め惹かれ合うが、最期にはより大きな自由を求めたのか、女は男を捨てる。 ・ 恋愛と自由の共存はかくも難しいものである。 ・ 「悲しみか、無かどちらを選ぶ?」 「悲しみは妥協だ、全か無かを選ぶ」 ・ 「人生最大の野望は?」 「不滅になって死ぬこと」
なでかた
4.0
タバコかっけぇ😊
dreamer
4.5
この映画の見どころの一つは、やっぱり、この主演の二人の存在そのものの魅力だと思います。 ミシェルはたいした理由もなく、警官を撃ち殺してしまい、警察に追われる身になります。 逃避行を続けるミシェルを助けるパトリシアですが、彼女のもとにも刑事がやって来るのです。 パトリシアは、ミシェルの愛を確かめるため、ある行動に出るのですが-----。 とまあ、青春映画のような、恋愛映画のような、犯罪映画のような、境界線のない映画です。 現在では、起承転結の曖昧なものや、何を言いたいのか、よくわからない不思議なイメージのもの、主人公の行動に理由も意味も見い出せないものなど、いくらでも、そういう映画があって(特に1970年代のアメリカン・ニューシネマ以降)、珍しくもなんともありません。 でも、この映画が公開された当時(1960年代前後)は、前代未聞であったろうと思います。 当時、映画は詩的なもの、感覚的なものではなかったのです。 そういう映像の常識をあっさりと打ち破ってしまったのが、この映画でした。 最初に、この映画を観た人は、さぞかし驚いたことでしょう。 ストーリーもカメラワークも、何から何までブッ飛んでいる感じで、物凄い違和感があったことでしょう。 でも、その時代の若い人には受けたに違いありません。 だからこそ、アメリカで、"アメリカン・ニューシネマ"が生まれたのです。 「俺たちに明日はない」や「イージー・ライダー」を作ろうとした人たちは、間違いなく、このジャン=リュック・ゴダール監督の奔放な映像に影響され、触発されたのだろうと思います。 そういった事を考えるにつけ、映画史を変革するほどの影響力を、当時の映画人たちに与えた映画だという事で、貴重な作品だと痛感します。
ボンゴレ
1.0
特に理由もなく警察官を射殺したミシェルがショートカットの女性パトリシアと行動をともにする。最初と最後以外は、スケベでただ身体の関係を持ちたいミシェルがひたすらパトリシアを口説き続ける。正直言って全く中身がない話で個人的には合わず、ストーリー性もないため、なんじゃこりゃと言いたい白黒映画。
ソントン
4.0
ジーン・セバーグの可愛さに500億点。 2018年の今見ても、ジャンプ・カットは新鮮。当時だったらなお衝撃的だったんだろう。 1959年当時のパリの街頭の雰囲気も満ち満ちています。 … 「ブラつけて欲しい?」 「“お気に召すまま”」 … 劇中に出てきた本は、ウィリアム・フォークナー『野生の棕櫚』。 「フォークナーって知ってる?」 「そいつと寝たのか?」 「『野生の棕櫚』は読んだ?」 「いや。服を脱げよ」 … やたらヒロインの尻を触りたがる主人公の一言。 「なんてこった。いつも相性が悪い女を好きになる」 分かる。分かるよ。
みおほんたす
3.5
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