晩春
晩春
1949 · ドラマ · 日本
108分
©︎1949/2015 松竹株式会社



曽宮周吉は大学教授をしながら鎌倉に娘の紀子と二人で住んでいた。周吉は早くから妻を亡くし、その上戦争中に無理した娘の紀子が身体を害したため長い間父と娘は、どうしても離れられなかった。そのために二七歳の年を今でも父につくし、父は娘の面倒を何にくれとなくみてやっていた。周吉の実妹、田口まさも曽宮家に出入りして彼等の不自由な生活の一部に気をくばっていた。このごろでは紀子も元気になり、同級生であり友達でもある北川アヤと行来していた。
🦈 普通じゃない出会いが、恋になる
「シャークボーイミーツガール」都度課金開始✨
🦈 普通じゃない出会いが、恋になる
「シャークボーイミーツガール」都度課金開始✨
ダニーダン
4.0
1949年 松竹配給 108分 小津安二郎監督作品 「晩春」 本作 生涯独身を貫いた 原節子さんの小津安二郎監督作品 初出演作品 出演当時原節子さん28歳 小津安二郎監督46歳 物語は 笠智衆演じる父と原節子演じる娘の結婚を巡る日常と父と娘の心理描写を小津安二郎監督の真骨頂ローアングルの人物描写の反復で、見事に美しく描いています! 本作良い見合い相手が決まり 父と娘最後の旅行になるであろう 京都旅行の宿で 布団を並べて横になって 語り合う 父と娘のシーンは観る側の価値観や 見方の違い等々色々言われた名シーン💁♀️ それにつけても 生涯独身だった小津安二郎監督なにを想い 何を感じ 何を体験して ここまで娘が嫁ぐ父親の気持ちに 深く深く思い入れられたのか、、、私は個人的に それは まさに原節子さんとの 出逢いがあって 原節子さんへの純愛あっての事だったと思わずにいれない 本作でした、、、 本作以降〜この手の父と娘のホームドラマ的 父と娘 息子ではなく、、👩🦱 遺作になる「秋刀魚の味」まで続いていくわけですが、、、 そこには たとえば新藤兼人監督と乙羽信子🎎黒澤明監督と三船敏郎との出逢いや 溝口健二監督と田中絹代との出逢いとは また違った関係性に私のスペシャル妄想想像力がかき立てられまくります 本作で、父と能楽を鑑賞しに行った時 娘の目線の向こうに 父の縁談相手の三宅邦子を見た時の 原節子さんの表情の恐ろしいほどの変化の情緒、、、、しかもその間のシーンに5分弱は使う 力の入れようは まさに 小津安二郎監督の原節子さんへの愛の深さゆえか、、、と思わすほどの 超ド迫力^(`・∀・´) とにもかくにも 本作はいまだに世界的評価も非常に高く 特に 笠智衆と原節子の旅館での布団横並べで寝ながら語らうシーンは やれ娘が 父に性的コンプレックを持っていたとか 父と娘が枕を横に並べて寝る事自体おかしい演出だとか なんとかんとか言われているそうですが、、 少なすことも 私は本作に見る 小津安二郎監督の演出を 笠智衆を自身に置き換え 娘の原節子に想いと思いを入れ込んだ 原節子さんに対する愛の表現作品に思えてなりません、、、 純愛を貫いて60歳で亡くなった 小津安二郎監督 小津安二郎監督を想い独身を貫いて95歳まで生きた原節子さん 本作はそんな2人の スタートの作品 グレートです!!!!!! ラストのりんごの皮を上手く器用に剥く笠智衆の姿に 娘 原節子さんへの純愛の深さが身に沁みます。。。
about movie
3.5
果たして親子の物語か、愛の物語か。 娘が父に性的コンプレックスを抱いていた可能性は高い。不潔という言葉の妙な反応や、意味深な壺や、肉親とはいえ布団を並べて寝るシーンに現れ、製作側も明らかに匂わせている。 かといって、嫌らしい表現はなく、父を慕う娘と、彼女に未来を生きてほしい父の素晴らしい話としてもちゃんと成り立っている。 ラスト、父がうなだれたのは単に娘を嫁にやった寂しさなのか。父親の方も娘を、、とは思わないが、結婚を早めた経緯といい、少なくとも娘の気持ちに気づいていたのではないだろうか。普通の父親とは違う複雑な気持ちがあったには違いない。
てる
4.0
家族愛という不変的なテーマを描いた日本人に愛された不朽の名作。 小津安二郎の独特な撮影技法が好き。あのローアングルの引きの画。役者をフレームのど真ん中におくカットバック。引きの画とカットバックだけで、ワンシーンがしっかり成立しているのがすごい。カメラマンが大層巧妙だったのだろう。 現在の作品は、かなりカットを割っている。それは、海外メディアの流行りだったり、テレビドラマの影響なのかもしれない。昔の撮影方法の様に、どっしりとカメラを構え、少ないカットでワンシーンが成立するというのは、現在では通用しない。 それは現在のクリエイター達に問題があるわけではなく、現在と小津安二郎が生きている時代とでは時間の流れる速度が違うからだと思う。もちろん、役者の芝居の上手い下手もある。ワンカットで持たせられような芝居を役者が出来るのかとか、カメラマンが切るフレームの良し悪しとかもある。しかし、肝心なのは、観客だ。 カットを多く割っている作品に、慣れ親しんだ現在の若者には、この作品は非常に退屈だと思う。せかせかと忙しい現在と、ネットもない、娯楽も少ないあの時代とでは、価値観も時間の流れる速度も違う。 世界中がコロナで自粛になっているこの期間に、せかせかと働いていた人も家でゆっくりとしているという人も中にはいるだろう。そんな今だからこそ、現在の忙しなさなからほんの少し解き放れ、この作品を観てほしい。 価値観も時間の流れる速度も違うが、家族愛は不変だと思う。なぜなら、普段忙しなく働いている私が、この作品を観て、共感できる点が多くあったからだ。この作品には、この当時の息遣いが感じられる。娘の結婚を巡るホームドラマに笑って、ほんの少ししんみりして。昔も今もホームドラマの価値観はそんなに変わらないのかもしれない。そんな時間を大切にしたいと思う今日この頃。
邊見 猛
5.0
ネタバレがあります!!
星ゆたか
4.0
2022.2 1949年(昭和24年)小津安二郎監督46歳、初めて物語のヒロインに起用した、原節子さん29歳の時の作品。 まだ敗戦後の混乱期ではないか。復興の走りの中この映画は、戦前の日本人の日常生活の中における趣味の良い習慣や立振る舞いを、人々が、心に取り戻したいという気持ち。それを結晶化した作品になったのではないだろうか。 北鎌倉・ 円覚寺での茶会、能楽堂での演能、鶴ケ岡八幡宮。京都・清水寺、竜安寺の石庭。などの観光や文化を愛でる経済的・精神的 “ゆとり”。 男手一つで育ててきた娘の結婚に気をもむ父。その中での微妙な心の揺れを描く物語。(戦争とか平和とか、民主主義とか男女同権とかのテーマでなく) そのような映画に、日本人の文化的誇りの復活を感じ、ホッとさせられたのであろう。 小津監督は、原さんに対しての、それまで一部で演技が生硬と言われる世評に対し、『その俳優にないものを求めるのでなく、本来ある良きものを引き出せばいい。彼女の人物の捉え方の感の良さ、演出意図への素直な反応などに、大変感心した。』と語っている。 原節子。本名・会田昌江。戦前からのスターであったが、この年、「青い山脈」・今井正監督、「お嬢さん乾杯」・木下恵介監督などの作品で、毎日映画コンクール主演女優賞を 獲得した。彼女の存在は、敗戦後の打ちのめされた日本人の心を、その気高さ、優しさ、品の良さによって、励まし助けた、希望の星であったという。 その後数々の日本映画の名作に出演する。1962年に42歳でスクリーンから姿を消し、以降亡くなる(2015年・95歳)まで一再人々の前に、姿を見せなかった。1963年に小津監督も60歳で亡くなり、お二人とも生涯独身であった。映画の世界に入ったのが、義兄で映画監督の熊谷久虎氏の助言で、彼女が亡くなるまで住んでいた家は、その義兄の敷地内に健てられた。一説にはその信頼している義兄に反対されたのが、小津監督との結婚であっとも言われた。
美少女戦士かす
3.5
じめじめした親子愛が気持ち悪いと感じた。父親と二人で旅行に行ったシーンは意味深だけど、そこから娘が嫁に行き、ひとり残された父の姿が胸に染みる。
矢萩久登
5.0
早稲田松竹さんにて『小津安二郎監督特集 紀子三部作 ~NORIKO TORILOGY~』(25年1月4日~10日)と題した特集上映開催中。 本日は『晩春』(1949)、『麥秋』(1951)、『東京物語』(1953)のそれぞれ4Kデジタル修復版を英語字幕付きで鑑賞。 英語字幕付きのためか外国の方や若い方の来館者も多く、70年以上前の作品にも関わらず150席の館内はほぼ満席でしたね。 『晩春』(1949) 小津安二郎監督が原節子氏と初めてコンビを組んだ作品。 妻と死に別れた初老の父親・周吉(演:笠智衆氏)と父親を想い結婚を躊躇する娘・紀子(演:原節子氏)との親子の情愛を描いた監督初のホームドラマ。 戦後間もない鎌倉や京都が舞台ですが劇中では一切戦後を想起させるシーンやカットはゼロで時代背景に左右されない作品の普遍性を感じましたね。 とはいえ公開当時の婚姻率は80%、女性の平均初婚も23歳前後、婚姻以外の「女性の幸せ」の選択肢がない当時と令和の今では隔世の感がありますね。 空舞台と呼ばれる風景カットの挿入が本作から本格的に採用されたようですが、このゆったりとした間と余白が、観客ひとり一人に登場人物の心象風景を感じとらせることに奏功、ワンシーン・ワンカットが絵葉書や絵画のように美しく、様式美があるので長さを全く感じさせませんね。 個人的には紀子の周吉に対してほのかなエレクトラコンプレックスを抱いていると解釈していますがどうなのでしょうか。 ラストは周吉が紀子に婚姻させるため『自分も再婚する』と告げる「一世一代の嘘」、そして周吉が一人リンゴの皮を剥きうなだれるシーンで終わるのですが、劇中に登場人物が激情、大きな出来事もなく淡々と話が進む108分ですが、全く最後まで退屈させないところは監督の演出力、配役の力量、誰の人生にも起こりうるストーリーの普遍性がなせる業なのでしょうね。
Unrelated
3.0
「なんだか不潔よ」 不潔ってなんだろう。ずっと気になってた。紀子の夫婦観によるものだと思うし、この台詞は原作になかったらしい。 また能の観劇シーンが印象に残った。 舞台は杜若。紀子の父親への思いを能を通して描いているところ凄いと思ったし、紀子の感情を顔の表情だけでなく観劇する人物に秋子を入れることで秋子を見る紀子の視線からも読み取れる。何度も秋子の方を向いて睨み、能を見ずに下を向く紀子。観劇で漂う不穏な空気にドキドキした。 そして「寄り道するから」と言って距離を離す紀子。
さらに多くのコメントを見るには、ログインしてください!