단지 세상의 끝
Juste la fin du monde
2016 · 드라마 · 캐나다, 프랑스
1시간 39분



“이해는 못 해. 하지만 널 사랑해. 그 마음만은 누구도 못 뺏어가.” 시한부 선고를 받은 유명 작가 '루이'(가스파르 울리엘)는 자신의 죽음을 알리기 위해 고향을 떠난 지 12년 만에 집을 찾는다. 아들을 위해 정성껏 요리를 준비한 어머니(나탈리 베이), 오빠에 대한 환상과 기대로 예쁘게 치장한 여동생 '쉬잔'(레아 세이두), 못마땅한 표정으로 동생을 맞이하는 형 '앙투안'(뱅상 카셀), 그리고 처음으로 루이와 인사를 나누는 형수 '카트린'(마리옹 꼬띠아르)까지. 시끌벅적하고 감격적인 재회도 잠시, 가족들은 루이의 고백이 시작되기도 전에 일방적으로 분노와 원망의 말을 쏟아내는데… 12년의 부재, 3시간 동안의 만남. 이제 그가, 가족과의 대화를 시작한다.
🌙 抜け殻になっても、感情は消えない
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출연/제작
코멘트
80+삽입곡 정보

Home Is Where It Hurts

Là, tous ensemble

Là, tous ensemble

Là, tous ensemble

I Miss You

Genesis (Krusha & Expendable Youth Remix)
caoru
3.5
特に大きな事件が起こるわけでもなく、ただ家族で食事をし、合間にタバコを買いに行くだけなのに、この絶望感。 台詞の応酬だけで、人物を描けるのはさすが。 顔のアップを多用した、陰影のある映像が印象的。
GOICHI
2.0
「自分の世界が終わっても。」 27歳という若さの鬼才グザヴィエ・ドランの最新作。以前から人を選ぶ傾向のある作品が多かったが今作は極め付けではなかろうか。 とにかく台詞の応酬だけで物語を読み取れ的な映画で、ハッキリと分かる情報は主人公ルイが余命幾ばくもない状態になったので、12年振りに家族の元へ帰り伝えようとしていると言うコトだけ。家族は多くを語らないので、後は台詞や演出、機微の表情や、微妙な距離感とかを見てるあなたが感じ取りなさいよ、的な感じ。 なんか粗筋だけ見ると感動の再会や別れみたいなのがあるような感じだが、そういうのも無く、他人の家族ゲンカを延々と見せられてるような印象。最初は口を開けば皮肉や罵詈雑言ばっかり言う兄にムカついてたが、見ている内に主人公に1番腹が立つ。自分のコトを中々話さないもどかしさにイライラする。 そもそも家を出て行き、12年間帰らずにほったらかしたのは誰でもなく主人公ルイであり、自分の死期が近くなったから帰ってきただけであって、死ななかったらそのまま帰るつもりも無かったんじゃないかとすら思うわ。 と、色々とイライラが押し寄せる映画だった。派手なコトも全く無く、淡々とひとつの家族の1日の模様をお送りするだけで、これは賛否両論ハッ キリ分かれるであろう。自分はどうだろ、上手い映画だとは思うけども、捉えどころが難しいなあ。時間が経てばジワジワ来るタイプかも知れないが、今見終わった直後としてはイマイチかなあ。 こういうタイプの映画を惜しげも無く世に送り出すのは凄いと思う。
Shou
4.0
グザヴィエドラン監督脚本編集。音楽ガブリエルヤレド。原作はジャンリュックラガルスの戯曲「まさに世界の終わり」。 とある世界のある場所で、自らの死が近いことを12年ぶりに会う家族に伝えに行く青年の1日を描いた作品。 多くは語らない、音楽と映像にストーリーを委ねるような演出は、やはり稀有な光を放っている。 主人公がワイングラスのグラスマーカーに家族の存在を感じている瞬間。俳優陣の衣装にメイク、一気に照明が変 化するシーン。 若い監督で、こんなに狂気的にまで細部にこだわりを感じるのは、私の中ではドラン監督だけです。
honohono42
4.5
1日に二本、しかも映画館を変えての鑑賞は初めて。「ラ・ラ・ランド」のあとのグザヴィエ・ドラン。一転して心理劇。 飛行機の中のルイ(ギャスパー・ウリエル)が後ろの席の子どもにイタズラをされる。彼のその穏やかな表情から始まる。 12年ぶりに家に帰るルイを迎えるのは母マルティーヌ(ナタリー・バイ)、兄アントワーヌ(ヴァンサン・カッセル)、その妻カトリーヌ(マリオン・コティヤール)、妹シュザンヌ(レア・セドゥ)。基本この5人の会話劇。 前半の会話がツライ。母のどぎつい厚化粧と同じく周りを気にしない自分勝手さ、妹の途切れ途切れの喋り方、兄の言い掛かりとほんとどうでもいい微妙な挙げ足取り、その妻の弱気なくせに強気な話し方、ほとんど喋らないルイ。 家族の愛、違うな、愛と家族か、いややっぱり家族の愛を描いている。 家族は諸刃の剣だ。自分を無条件で愛してくれるが一番傷付けるのもまた家族。血の繋がり故に。そして血の繋がりは消せない。5人とも、凄まじい演技だった。 私にしたら、思いもよらぬ結末だった。でもそうか、そうだよなと思った。 「たかが世界の終わり」 なんてタイトルだろう。この作品のタイトルにこれほど相応しいものはない。 **ネタバレします** もうルイが不憫でならない。あぁ世界の終わり…ルイの世界は終わってしまった。微かな希望も踏みにじられ、見たかった生家も見られず、愛した人の死を呆気なく知らされ、誰にも自分の気持ちを伝えることもないまま、帰ってきたことが間違えだったかのように追い立てられ、永遠に家族との別れ。 諸刃の剣、母がこう言う。 「どうして気づかないの?あなたを愛していないことを。でもあなたを愛してるわ」 まさしくこの言葉は母である私にもわかる。自分の子どもなのに理解できない苦しさ敗北感、お前なんか愛していない!だけど誰よりもお前を愛しているのは私だけだ!! お前から不吉な言葉なんて聞きたくない。察した家族の不自然なほどの罵声の応酬。遠ざけるしか方法がわからない、居ても立っても居られない兄。ラストの壁掛け時計の鳥とルイの背中。 テーマがわかりやすい作品だった。オープニング曲とエンディング曲で内容を説明している。こんなにエンディング曲まで感慨深く聴いたことはないかもしれない。ただ、流すべき涙も全て作品の中に吸い取られた気分だった。
Sara
5.0
家族に心を開けない。家族なのに衝突すらできない。かと言って無関心にもなれず、諦めることもできない。期待も捨てられない。 そんな人、自分だけだと思ってたから、主人公の存在に救われた。 落ち込んだときにまた見たい。 ハッピーエンドでもバッドエンドでも終わりは必ず来る。 たかが世界の終わり。 惰性でももう少し生きてみようと思える映画。
西山コタツ
3.5
実家を離れた理由。実家を訪れた理由。 真実を告白する選択。真実を告白させない選択。 圧死しそうなほど息苦しい家族の関係性のなかにも、ちゃんと理解者はいたのだ。自らの身勝手さに許しを乞うのではなく、なにも言わずにあの場を去る決断。あの瞬間をぶち壊すくらいなら、家族に幻想を与えてあげるくらいの優しさはあっていいのだと、あらゆる責任の取り方を見つめ直すきっかけになった。
ちさ
4.0
解釈次第でいくらでも変わってくる映画 ドランの作風だなと思う 誰一人と「完全な悪人」が存在しない だからこその苦しみが揺蕩うのがドラン映画の魅力だと思う このタイトルに「たかが」と付けたドランの感性が好きすぎる ドランの映画は映し方や演じ方だけじゃなくて曲も洗練されてる 「たかが世界の終わり」 言葉通り、ルイの世界が終わる映画 それは命が尽きるという意味だけじゃなくて そばにいて支えてくれる存在のはずの家族が、どの瞬間でもルイを苦しめる ルイの苦しみを聞こうとも理解しようともせず、それぞれの人間が故意に、または無意識にルイに役割を与えてその役をこなさせようとする 微笑むルイの悲しみを見ようともしない 愛した人の死も、孤独も、昔の思い出さえ土足で踏み込まれ荒らされてルイのせいにされる 誰もがルイの口を閉ざさせ、ルイ自身にも思い出にも歩み寄らず、挙句に愛した"ルイの彼"の死を唐突に突きつけられる 彼の世界は、叶いもしない口約束と「伝えたかったことを伝えない選択」を終幕に閉じた 兄の横暴さの理由は「トムアットザファーム」のお兄ちゃんと似た理由なんじゃないかなと思う 閉鎖的な場所から出ていけないもどさしさ 妹が求める愛や居場所は確かに普通の事だと思う 母親の心 配や苦悩 それぞれの登場人物の気持ちに理解出来る一片が存在するからこの映画の苦しさを感じ取ることが出来る ドランの魅せ方は逸材すぎる
みにぶた
3.5
家族だからといってなんでも解りあえる訳じゃなく、なんでも話せる訳じゃないんですよね。 『家族だから』という呪縛が家族みんなに見え隠れしていて、だからこそ家族なのに遠い感じがするにでしょうね。 多分、見る人を選ぶというか理解できる人と出来ない人に分かれる作品だと思います。 こういう人、こんな考え方、こういう家族ってのもあるんだ~、と思ってみたら誰でも受け入れられる作品なのかな~。
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